幼少期、私はとても活発な子どもだったと思う。放課後は小学校のグラウンドに友達と集合して暗くなるまでがむしゃらにサッカーを楽しんだ。しかし、いつ頃だろう?私は周囲から「クールビューティだね」と言われるようになっていた。
クールビューティと聞いて多くの人が褒め言葉だと思うかもしれない。だって、かっこよさや綺麗なイメージを想像するから。だけど私は、どうしても褒め言葉として受け取ることができなかった。私は絶世の美女ではないし、かっこいい要素も綺麗な要素も持ち合わせていない。ただ周囲が気を使ってそんな言葉をかけてくれただけで、静かでおとなしいだけの存在になれていたに違いない。

振り返ってみると中学1年生の頃は活発な性格だった。昼休みはバレーをしたり、給食中も男女で楽しくおしゃべりをしたりした。でも、2年生になると周囲が急に大人びたように感じた。今までは男女問わず、みんなで楽しい雰囲気があったはずなのに。

この時期になると不思議と男女の差を感じたり、恋人ができたりする人もでてくる。特に性教育の授業なんかは男子がとても盛り上がったため、女子との温度差がとてもあったのを覚えている。そんなこんなで、男子との間に距離ができてしまっていた。

目立たぬよう「静かでおとなしい私」を演じた

そして、私は女子に対しても控えめな態度をとるようになった。この年頃になると女子はグループを作りはじめたり、周りの空気に敏感になり始めたりする。私もそうだった。周囲に溶け込むのに必死だったと思う。だから、誰にでも受け入れてもらえるような「静かでおとなしい私」を頑張って演じた。

やがて、「静かでおとなしい私」という人物が定着し、私はクールビューティと言われるようになった。その言葉を喜んでいいのか、それとも個性が失われたと認識するべきなのか当時の私にはわからなかった。

突然の“I love it!”がうらやましかった

そして、高校生になった私はカルチャーショックを受ける。昼休み、流行りの洋楽を流していると一度も話したことのない男子が私の目を見て、
“I love it!”
と話しかけてきたのだ。このとき、私は英語が全然理解できず、「突然どうしたのかなあ?」と思った。あとあと聞いてみたら、流していた洋楽が彼の大好きな曲で、単に曲を好きな気持ちを私と共有したかったという。帰国子女や両親のどちらかが外国人というバックグラウンドを持つクラスメイトが多かったからか、このようなことはたびたび起きた。

私はただただ彼らがうらやましかった。自分を自由に表現できる彼らはとてもキラキラしていて、色で表すなら輝くオレンジ色だった。

私は一体何色だろう?

しかし、答えは見つからなかった。周囲の目を気にして自分のイメージを保つのに必死だった私が、本来どのような性格なのか、どんなカラーを持っているのか。

でも、一つわかったことがある。
初めは他人から与えられた「クールビューティー」というラベルが、今の私のパーソナリティーになっているということ。

緊張してても見た目はクールに!

クールビューティかはイマイチよくわからないが、周囲がそう評価しているのであれば、それを最大限に利用するのである。
私はあがり症で大事な場面では緊張してしまい、足はいつもガクガク。しかし、顔には一切でないので緊張しているのはバレない。クールビューティというパーソナリティは今では大切な自分の一部である。

また、高校生のときにうらやましいと感じた自由な自己表現も、恐れずに何気なく取り組めばいいのである。こんな感じで文章を書いてみるとか。

今はまだわからないけど、きっと焦らなくても、自ずと自分のカラーも見えてくるだろう。

ペンネーム:チョコ

趣味は、さまざまなジャンルの音楽を聴くこと。特にリラックスしたいときは音楽が欠かせません。最近はK-POPにハマっていて、韓国語を猛勉強中。大好きなアイドルのMVを見て、日々勉強のモチベーションを上げています。