私は進学校の高校に通っていた。でも大学受験に失敗して、今は第二志望の大学に通っている。

第一志望の大学に行けないと分かったとき、もう人生終わったと思った。でも当然だけど人生は終わってくれなくて、私は第二志望の大学を受験しないといけなかった。浪人はできない。第二志望を受験するため、直前に過去問1年分だけ解いて、落ちればいいのにと思いながら受験した。

「おめでとう」に、ごめんなさい

受かってしまった。
第二志望の大学から合格の知らせが届いたとき、真っ先にそう思った。落ちたら落ちたでいろいろ大変になるけど、落ちればよかったのに。
親や担任の先生、塾の先生に結果を報告して、「おめでとう」と言われるたびに、申し訳なさでつぶれていた。全然めでたくないのに、「おめでとう」って言わせて、ごめんなさい。

周りの子たちは、みんな「いい大学」に進学が決まっていた。私がいた高校での「いい大学」とは、偏差値が高い大学のこと……と私は感じていた。
「いい大学」に行けない自分が恥ずかしくて、どうしようもなくつらかった。浪人できる人が羨ましかった。「いい大学」にも行けず、もう一度頑張るチャンスもない。中途半端で格好がつかない私のまま、高校を卒業した。

「間違いなく自分の力でつかんだ合格なのよ」

私が第二志望の大学に合格したことを当時の保健室の先生に報告したとき、先生は立ち上がって、拍手しながら、「おめでとう!」とものすごく喜んでくれた。あまりに喜んでくれるから、私は少し動揺した。個人的には全然めでたくないし、第二志望だし。そんな私の気持ちを見透かしたのか、先生は私にこう言った。

「あなたにとってはなんてことない合格かもしれないけど、でも間違いなく自分の力でつかんだ合格なのよ」

この時私は泣いた。親や担任の先生、塾の先生に同じ報告をしたときは泣かなかったのに。あの涙は何の涙だったのか今考えてもよくわからないけど、「救われた」みたいなことを思った気がする。

「いい大学」に行けなかった私が高校に戻っていいのか

大学1年生の終わりごろ、高校に行く機会があり、担任の先生やお世話になった先生に近況報告をしていた。「先生達、すみません。いい大学に行けなかった生徒が帰ってきて」と思いながら。一通り話し終わって帰ろうとしたとき、ひとりの先生が「またいつでも帰ってきなさい」と言ってくれた。すごく驚いた。私、帰ってきていいんだ。「いい大学」に行けなかった私は、高校に帰ったらいけないんじゃないかと思っていた。

私は3年間の高校生活で、先生が使うものさしにすごくとらわれるようになった。学年順位○~○位は□□大学に行けるとか、標準クラスは○○大学レベルで、より上の発展クラスは□□大学レベルとか、常に「いい大学」のものさしで測られていた。でも私はそれが嫌ではなかったし、むしろそうやって測られるのが当然だと思っていた。私も先生達が使うものさしを自分に当てはめては、失敗作だなあと思っていた。

だから、「またいつでも帰ってきなさい」という言葉は、私からものさしを取り上げて言ってくれたような言葉な気がして、その日の帰り道、私はなぜだか泣いていた。

私は今、保健室の先生になろうとしている。
何かのものさしで自分を測ってしんどい気持ちや、測ることで自分を保ちたい気持ちに寄り添うことができる先生に。