いま、あなたはあなたの在り方を自分で選ぶことができていますか。

理不尽だと感じる思想や思考を押し付けられたとき、戸惑いなく反論や主張できる環境にいますか。

ピンクが女の子の好きな色だと決めつけられている世の中にいますか。
仕事ができるのに「将来産休をとるから」という理由で、出世できないということが当たり前に起こっていますか。
同意のもとに結婚したのに、強制的に夫の苗字を名乗るのは普通のことですか。
見た目や性的なことに言及されたとき、受け身に徹して恥じらうことが美徳なんですか。
食事の席で食べ物を取り分ければ、料理を上手に作れれば「女子力が高い」と褒められますか。
そもそも「女子力」って言葉はまだあるのですか。

これらはすべて5年前には当たり前、もしくはまだ議論の真っ最中だったことです。

女性も働く時代に、なんで子供を産むことが厄介なこととして想定されているんでしょう。女性を雇うならば、妊娠や出産が厄介ごとにならない制度を作ればいいのに。

「女子力」という言葉を知っていますか


「女子力」は、場の空気を読んで食べ物や飲み物をオーダーしたり、お菓子作りをしたり、いい匂いを漂わせながらきれいでふわっとした服を着て、いつも隙のないメイクと髪型でいることなどから、「女の子らしさ」を測る言葉です。

やろうと思えば誰だって出来るし、自分には必要がないと思えばやらなくていいことなのに。

しかも、女の子自身が「わたしは女子力低いから」と自分のことを卑下していました。
「女子力」は女の子らしさの定義であり、正解、そして正義です。
「女の子らしさ」が確立してしまったからこそ、余計に「女の子」を意識して退けようとする人もいたほどです。

「女の子らしさ」を選択しない子たちは

でも旧式の「女の子らしさ」を否定はしません。そういう格好や所作、生き方が好きならばそれを選び取ればいいと思っています。

ただ、そうやって己の意思でもって「女の子をらしさ」を選択しない女の子たちは、いつ無意識のままに「女の子らしさ」に縛られて、いつ女の子として道を切り拓く立場に変わっていくのでしょうか。

実は私たちが生きる5年前は「女の子だから」という理由で見えなかった世界が、どんどん見えるようになってきている時代です。女の子たちが「女の子」という言葉が含むものを変えて、自分をカスタムするために力強く声を上げはじめています。

そして私はその一員として、そこに漲る「女の子」の思いと行動が広がり伝わることを願い筆を執っているのです。

けれど動かなければ変わらない

正直、すべての変てこりんな制度を変えることは難しいと思います。議題は挙げれば枚挙に暇がないほどだから。

こう言いつつも「女の子らしさ」やに不自由を感じたまま、社会がつくる「女の子像」を受け入れ続けていました。でも本当は個人として、縛られないたったひとりでありたかったんです。

夢はお嫁さんじゃないし、カクテル以外も頼むし、体調を整えるためにピルも飲むし、爪は紺色に塗りたいし、似合わない「色っぽメイク」をしたって楽しくないし。あーすっきり。

でも皮肉なことに、同じ理由で悩み苦しんでいる女の子の存在には、まったく気がついていませんでした。

なんで気が付かなかったんだろう。
自分だって
「女が仕切ってるなんてこの団体は弱いね笑」
努力して賞を獲っても
「審査員がおじさんだったから女の子に甘かったんじゃない?」
って言葉に、私の100%の努力だ、勝手に「女の子」ってフィルターをかけるな、って悔しくて腹立たしくて泣いたじゃないか。

思い出した瞬間に見えたものは、女性であることにまつわる事件の多さ。読み流していた「お前のために着飾ってるわけじゃない」「ニコニコしてるのはお前が上司なだけだからな」という友達のTwitter投稿の核の部分、「女の子の型にはめんじゃねえ」という怒りでした。

ただの反抗じゃなく、筋道立てて女の子の抱えるもやもや、静かな怒り、悩みを社会に伝えたい。女の子を助けたい。でもなんで何もできないんだろう。

それはきっと社会の何が女の子を苦しめているのかを「知らなさすぎる」から。フェミニズム、ジェンダー、女性が活躍する時代、そういう言葉の表面しか知らずに解決策が練れるほど甘い問題じゃないんです。

私たちにできることはなんだろう

まずは知ろう。そして知ることの大切さを伝えよう。これがいまの私の限界です。なぜ女性のキャリアアップに限界があるのか。国のトップに女性が少ないのか。男性社員の育休ばかりが称賛されるのか。

女の子だけの問題じゃない。男の子にも知ってもらいたい。きっと男の子にだって生きづらいと感じる事柄はある。社会をつくる対等な仲間として手を取り合えば、絶対に時代は変わります。

知識を蓄えた仲間を増やすことで、私より先に立ち上がってくれた女の子や、自らの人生を謳歌する女の子が好奇の目で見られることのない社会をつくりたい。「あなたは女の子であり一個人でもあるんだよ、なんだってしていいんだよ」という思いを届けたい。

女の子に多様性を。そして、そんなことをわざわざ声高に主張しないと、女の子がのびのびと生きることができない世の中を知ること、知らせることで変えていく。

5年後のあなたに自由と権利を主張する力を。見えなかったものが見えるようになった世の中を。なににも囚われず、自分の在り方でもって生きることを咎めらない時代を。

私たちを閉じ込める、世間のイメージと女性に求める古臭い願望が作った「女の子らしさ」でどんどん装飾されていくカゴをぶち壊す。「ガラスの天井」を蹴破る。「女子力」なんて言葉は歴史の教科書にでも封印されてしまえ。

5年後の女の子たちは、そして私は、きっとなにを言われても屈しない。だってその頃には社会が目を背けてきた女性にまつわる問題や矛盾を、女の子みんなが知っているから。自分の手で、世の中を知った女の子たちの手で、5年後の世界は変わっていくのだから。

ペンネーム:スズキコトハ

ADHD・その他に悩まされながら社会をぷらぷらゆらゆらしている。
好きなことは調べもの。
一生学生でいたいな。

10月11日は国際ガールズ・デー

「女の子らしく」「女の子なんだから」……小さな頃から女性が受けてきたさまざまな社会的制約。ジェンダーに関わらず、生きやすい社会を実現していこうと、「かがみよかがみ」では、10月11日の国際ガールズ・デーにあわせ、「#5年後の女の子たちへ」をテーマとしたエッセイを募集しました。