目の前に、水分をたっぷりとたたえた肉体が投げ出されている。もっちりとしたその腕は、溢れる直前の水面のように小刻みに震えていた。
友人が、その子を持ち上げて「抱っこしてみる?」と私に聞く。
「友人の子ども」という存在を初めて目の前にした私は、返事をすることができないまま、ただただその「生命力の塊」を見つめていた。

友達との距離が開き始めた

あれは、確か二十歳を過ぎたあたりだったと思う。
私は、仲の良い友人たちに対して漠然とした不安を感じるようになっていた。
遠いはずだった「就職」とか「結婚」、「子ども」などの言葉が急に現実味を帯びてきたからだ。
それまでは「銭湯いこ~」と連絡して1時間後には一緒にお湯につかる...なんてことが可能だった友人は、大学を卒業したら家業を継ぐために実家に帰るらしい。「心がつらいから話聞いてくれない?」とSOSを出せばすぐに駆け付けてくれた友人は、就職と共に恋人と同棲を始めるそうだ。

距離が変われば関係性も変わる。

「大切だ」と思っていた相手から、自分は近い将来必要とされなくなるかもしれない。そして自分も、相手のピンチに「仕事」とか「家庭」を理由に駆け付けられなくなってしまうかもしれない。
想像するだけで、どうしようもなく悲しかった。
でも、きっとそんな将来はあっけなくやってきてしまう。

子どもが同級生だったらいいのに

そんな中でふと出てきた言葉が、「子どもを同級生にしようね」だった。
私は、仲の良い友人たちに「私たちがもし子どもを産むことがあったら、きっとその子たちを同級生にしようね」と話すようになっていた。言われた友人は最初ぽかん、とした後「あはは」と笑う。そして「確かに、それいいかも」などと言っているうちに、どんどん話は膨らむ。

きっと出産直後は子どもにつきっきりで、まるでどこにも仲間がいないような気持ちになるだろう。でもそんな時、同じ状況の友人がいると思うだけで、心に力が湧いてこないだろうか。何か困りごとがあった時も相談し合える。
そして、子どもたち同士も友達になれたら、一緒に過ごす時間もまた持てるようになるんじゃないだろうか…。

「じゃあ、妊娠した時点ですぐに私に報告すること!それ聞き次第、同学年にできるように、こっちもがんばるからさ!」「何をどうがんばるの?」「まずは婚活始める!」「それじゃあ間に合わないよ!(笑)」などと冗談を言い、「何月に産んだら同級生になるんだろう…?」と真面目に計算したりした。

人生をかけて仲良くしたい気持ちだった

今思えば我ながらばかみたいな提案だなあと思うのだが、その頃は結構切実だったのだ。友人であるみんなとは、家族や恋人にはなれない。けれど、お互い努力をすれば、この関係性は続けられるのかもしれない。友人に対する「人生をかけて仲良くしようね」というプロポーズのような気持ちを込めて、私はその言葉を使っていたのだと思う。

あれから数年経った。今では、友人たちは自由なタイミングで結婚したり、立派な子どもを産んだりしている。残念ながら、まだ同級生の子どもは誕生していないし、しばらくはする兆しもなさそうだ。みんなそれぞれに忙しいし、連絡を取れないことも、気を使って声をかけられないことも多い。しかし、私はこれでいいのだと思う。

「抱っこしてみる?」

そう言って子どもを差し出す友人の笑顔を見ると、今まで感じたことのないような嬉しい気持ちがじわじわと溢れ出してくる。思っていた未来とは少し違うけれど、学生の頃よりもずっと濃い時間を過ごしているような気がするからだ。

あの頃のように近くなくても、会えなくても、ふとした瞬間に友人たちを思い出す。そしてその先にあるそれぞれの生活を思う。「子どもを同級生に」という言葉はもう使わないけれど、今はただ「一緒に生きていこうね」という言葉が心に浮かんでくるのである。