自分のくちびるが嫌いだった。人生で初めて自分の容姿を貶められたそのとき、わたしはくちびるについて言われたのだ。

小学校3年生の時だった。意地悪な男の子がわたしに向かって、たらこくちびるのくせに、と言った。当時、たらこ~というCMが流行っていて、男の子は勝ち誇ったように、その歌を歌った。

わたしはたらこくちびるなんだ、と思った。

いつもくちびるを見られているようで、笑えなくなった

それまで蝶よ花よと育てられてきた。両親は一度もわたしの容姿をわるく言わなかった。
かわいい、かわいいと言われて育ってきたために、自分はかわいいものだと思い込んでいた。9歳にして現実を知った。わたしはべつにかわいいわけではなかった。あくまで両親にはそう見えているだけで。

それからうまく笑えなくなった。いつもくちびるを見られているような気がした。笑われているような気もした。口元を隠すように髪を伸ばし、うつむきがちになった。コンプレックスとは、だれかの本当に何気ない一言が、ずっと消えないで残ることなのだと思う。

あのとき強烈に植え付けられたコンプレックスを、わたしはずるずる引きずり続けた。引きずっているうちにそれはどんどん大きくなって、どんどん重くなり、わたしにのしかかった。

「リップ塗ったら絶対かわいいよ」と言ってくれたギャル

うつむきがちだった高校生のころ、仲の良かったギャルっぽい女の子が「〇〇ちゃんってくちびるがかわいい」と言ってくれたことがあった。よりによってそこを褒められるとは思わなかった。リップ塗ったら絶対かわいいよ、と力強く笑う彼女はお化粧が上手だった。私はお化粧なんてしたことがなかった。

そのころ付き合っていた彼氏は、ウブな感じの、おとなしそうな女の子が好きだった。
彼はわたしがお化粧をしたり髪を染めたりするのを嫌がって、気にくわないことがあると怒鳴ったり暴れたりひどいことを言ったりした。だからわたしもそれっぽくふるまっていた。リップはリップクリームくらいしか塗ったことがなかったし、髪の毛も真っ黒のボブだった。

今考えても到底いい男だったとは思えないが、当時のわたしは彼に固執していた。自己評価が最悪だったために、いつもいつも、もう二度とこんなに自分のことを好きでいてくれるひとは現れないんじゃないかと思っていたのだ。

初めて買ったリップ、顔がぱっとする感じがした

彼と別れたのをきっかけに、わたしはいろいろなものに固執するのをやめようと思った。だめな男にも。自信のない自分にも。自分なんかが頑張ったところで、と、おしゃれをあきらめることにも。

わたしは髪を染め、マスカラをつけ、リップを塗るようになった。初めて買ったアナスイのリップは鮮やかな赤で、売り場のお姉さんがあなたにはこの色が似合う、とすすめてくれたものだった。

はじめてリップを塗った自分を鏡で見たとき、ふとあのギャルの言ってくれたことは本当だったのかもしれないと思った。たしかにわたしのくちびるはぶ厚いけれど、それだけ華やかなリップを塗れば顔がぱっとする感じがした。

あんなに嫌いだったくちびるを、はじめて少しだけすきだと思えた。
だれかの一言で植え付けられたコンプレックスをうち砕くのもまただれかの一言なのかもしれなかった。

わたしがきらいなところを好きでいてくれる

それから何年か経って、再びわたしの前にわたしのことを好きだという男の子が現れた。彼はときどき、チューしてもいい?と笑いながら聞いた。付き合ってないからダメ、とわたしも笑った。やっぱそうだよなあ、と彼も笑った。そういう間柄だった。

でも、彼の手をいちどだけ握ったことがあった。そのとき彼はなんだかひどく弱り切っていて、わたしのほうから、思わず手を差し出してしまったのだ。でも付き合ってないよ、と彼は言った。握手なんて誰とだってするんだからいいんだよ、とわたしは言った。

彼はふれあいコーナーのうさぎに触るみたいにわたしの手を握った。あのときの彼の表情をわたしは一生忘れないだろう。チューしてもいい、と彼が聞いた。まっすぐにわたしの目を見ていた。きょうは笑ってなどいなかった。本気なんだ、とわたしは思った。

わたしが自分のくちびるを嫌いになった小学校3年生のとき、そう、まだカレシとかカノジョなんておとぎ話だったあのころ、なんとなく思ったのは、こんなぶさいくなくちびるとキスしたいひとなんてだれもいないだろうな、ということで、それはすなわち自分はだれにも恋され得ないだろうな、ということだった。

あ、塗り変わった、と思った。わたしが死ぬほどきらいなところをこのひとは、本気で好きでいてくれているのだと思った。わたしは赤いリップで笑った。もう教室の隅で泣いている女の子じゃなかった。