小学生の頃から、役者になりたいと思っていた。
でもそのために何をするべきかはよく知らなくて、母に頼んで東京のオーディションに連れて行ってもらったこともあった。当然だけど返事はなかった。
中学生になって学校に演劇部がないことに愕然とした。何とか創部してもらえないかいろんな先生に頼んで回ったけれど、答えはいつもNOだった。
高校に入ってやっと演劇部に入部して、1年生でありながら唯一卒業生公演の役者に抜擢されたり、演出としても頭角を現しそれまでの鬱憤を晴らすように大暴れした。ただ遅刻が多くて部長にはなれなかった。

ドラマや映画のインタビューでよく聞く「役作り」に憧れていた

そんな高校2年の夏の一幕。高校生らしい現代の家族モノの戯曲で、主役の彼氏役をすることになった。多分胸が小さくてメガネだったから。いやいや、私が実力で掴み取った役である。
ヤンキーの女の子に惚れた優等生のお坊ちゃんという、もう一人の主役と言っても過言ではないくらいおいしい役…もとい、重要な役だった。

さて、私には役者人生において、一つ憧れていることがあった。
「今回の役のために体重を10㎏絞りました」とか。
「役のイメージに合わせるために丸坊主にしました」とか。
つまりはよくドラマや映画の出演者インタビューなんかで聞く、「役作り」というやつである。

その時の私は髪が長くて、腰まで届くくらい伸びていた。
そう、そのままでは決して男の子、しかも優等生の役なんてできない髪型だったのである。
髪を切るだけなら何の努力もいらないじゃないか!丸坊主にするわけでもないし。髪型を変えるだけで役作りになるなんてこんなに素晴らしいことがあるか!
これはチャンスだとばかりに配役が決まってすぐ、稽古が始まるよりも前に近所で唯一の美容室に行った。

目を開けると、ふんわりとしたショートボブになっていた

私は美容室のお姉さんに正直に伝えた。今度演劇の役でお坊ちゃん役をやるので、そう見えるように切ってほしいと。
お姉さんはここまで伸ばしたのに勿体ないと切られる髪を惜しんでくれ、少し迷ってから言った。「…やっぱり女の子だから、かわいい方がいいよね。」
お姉さんが何を考えているのかわからなかったが、自分の要望は伝えたので後の事はお姉さんに任せて寝た。
「はい、お疲れ様。」お姉さんの声で目を開けると、目の前の私はそれまでの長い髪をバッサリ切られ、ふんわりとしたショートボブになっていた。

衝撃が走った。

これくらいの長さなら男の子でも充分通用する。というかこれすごくかわいい。ハッキリ言って、多分人生で一番かわいい髪型になっていたと思う!
役作りのことなんてすっかり忘れてウキウキで家に帰ると家族からの評価も良くて、晩ご飯もおいしく食べられた。お姉さんありがとう。この御恩は一生忘れません。
そんなこんなで重たかった髪を切って気持ちも軽くなった私は毎日稽古に打ち込んだ。本番は3か月後だ。集中して取り組む必要があった。

1000円カットで、マジで坊ちゃん刈りにされた

そして、本番3日前。
3か月もあればショートヘアが伸びた分は結構目立つ。本番のためにもう一度髪を切ろうと駅前に向かった。高校生にとって美容室の支払いは高額だ。今度は美容室のすぐ隣にあった1000円カットに入った。
担当はお兄さんだった。以前お姉さんに伝えた内容と全く同じことを伝えた。

「はい、おしまいです」
マジで坊ちゃん刈りにされた。遅れ毛も全部バリカンで刈られた。

前髪がない。俯いても脇から髪が垂れてこない。髪の毛というものが一切視界に入らない。というか、いつもは視界に入っていたということを初めて知った。クラスの女子の視線が痛い。担任の先生に事情を聞かれた。これが私の憧れた「役作り」というものか…。
自分を隠すものがないって不安なんだということを実感して、また一つ大人になった気分だった。贅沢は言わないからせめて前髪が欲しかった。毎日どこにも隠れられずに恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。3日で慣れた。
役作りの成果かどうかわからないけれど、公演は大成功した。

その後、あの時のショートボブにしたくて何度も同じ美容室で髪をショートにしてもらっているが、お姉さんが異動になってしまったようであれ以来誰にどんな注文の仕方をしても阿佐ヶ谷姉妹みたいにされる。
おい、こちとらアラサーでメガネ女子だぞ。冗談ですまされないぞ、おい。