きょうは、3月8日の国際女性デー。

さかのぼりますと、1908年のニューヨークの女性労働者たちが参政権などを求めたデモに端を発しています。北米とヨーロッパで、第一次大戦前後の社会不安や経済の混乱のなか、各国の女性たち、男性も集まり、女性の権利を求める運動、女性が普通選挙権を得るための支援を盛り上げようと会議を繰り広げたという背景があります。

また、第一次大戦下、ロシアの女性たちは「パンと平和」を求めて2月の最終日曜日(グレゴリオ暦38日)に抗議とストライキを決行し、4日後のロシア皇帝退位へのひとつの布石となり、暫定政府が女性に選挙権を認めます。

女たちの叫びを、想像してみてください

男たちは戦争に駆り出され、女たちは馬車馬のように働き、高齢者や子どもたちの面倒をみていた時代。女たちの「いつまでこんな日々が続くんだろう、われわれがいなかったら、どうなるかわかってるんだろうな?」という切実な、魂の叫びを想像してみてください。

その後時代を経て、1975年に国連が38日を国際女性デーとしました。

ベースにあるのは、男女平等の原則です。

また、毎年国連はテーマを定めておりまして、今年2020年は「I am Generation Equality: Realizing Womens Rights.」わたしの訳では、「世代間の平等:そして女性の権利を実現しよう」です。

言いえて妙なテーマだなと思いまして、40代のわたしは自分を世代的に「中間管理職フェミ」だと認識しているのですが、普遍的な男女平等の精神がベースにあるのは大前提として、男女格差の問題は、いつも時代の空気に大きく左右されます。

どんな可能性も逃したくない

わたしの世代は就職氷河期第1期なので、たとえば早稲田大学の女友達は「ワセジョはお断り」とか平気で言われて、泣きながら100社受けて、ようやく入った会社でバリバリ上司にセクハラされて、また泣いて……精神的にボロボロになっていました。わたしは今も、その子たちの悔しがる姿や、泣いている姿が忘れられません。なんとなく勝手に、その子たちの無念を、いつか必ずわたしがはらす、と決めています。

わたしはそういう、どんなに努力しても、どんなに抗おうとしても、そのときどうしようもなかった、その差別や抑圧がなければ得られていたかもしれない、無数のチャンスと可能性に想いを馳せます。

だから目の前にある可能性は、どんなものでも逃したくないのです。

メディアの連携「ひとりで戦っているのではない」と思えた

今回、新聞、テレビ、Webニュース媒体など、さまざまなマスメディアで働く女性たちが、その組織の枠組みを超えて、国際女性デーに、さらに女性の権利を、男女平等の実現を訴えようという試みをしています。それが、#国際女性デー2020#メディアもつながる、プロジェクトです。

わたしがプロデューサーを務めるAbemaTVWの悲喜劇」も参加しています。うちのような、小さなネット番組にも、声がけしてもらったときはシンプルに嬉しかったし、ひとりで戦っているのではないのだ、と思えました。

"2020年は、ジェンダー平等と女性と女児を含むあらゆる人の平等な人権の達成のため、世界的な行動を起こす絶好の機会"と国連も定めています。

そして、国際女性デーは、女性たちが「平和」のために行動した証でもあります。そのことを忘れてはならないと思います。