彼からの猛アプローチの末、私たちは付き合った。
彼のアプローチがどれほどのものであったかというと、一人旅をするという私に、「自分の分は個人的に予約するからついて行きたい」と申し出て、冗談だろうと承諾したら、本当に1週間の旅について来たくらいだ。
一歩間違えたらストーカーとも取れそうな求愛ぶりに、「そんなに私のことが好きなんだ」なんて思ってしまった私は、彼の好意を受け入れた。今になって思うと、なんてチョロいんだ、私。

彼のために、お金のかからないデートプランを提案した

付き合い始めてから、彼の態度は一変した。旅から帰宅して数日後、「普通にデートをしよう」と提案したが、彼はなかなかイエスと言わない。理由を問いただすと、「お金がない」と言う。
それもそのはず。彼も、私も大学生。計画的にアルバイト代を貯金してきた私と違って、彼は、急遽1週間分の旅費を捻出しなくてはならなかった。
アプローチされて、気分を良くしてもらっているだけでは申し訳ないと思った私は、「お金が無くてもデートはできるよ!」と「イイ彼女」を振る舞った。

私のデートプランはこうだ。まず、彼の家から数駅の中目黒駅で待ち合わせをする。ちょうどお花見シーズンを迎えた目黒川の桜並木を眺めながら、私の作ったお弁当を食べる。食後は、近くの無料で入れる寄生虫博物館を見学する。その後は、五反田文化センターで、200円のプラネタリウムを鑑賞する。我ながら、なかなかのプランだ。

「次回、絶対俺が奢るから、今日は晩飯奢ってくれない?」

手作りのお弁当を、彼は凄く喜んでくれた。実は料理が得意な私は、腕前を披露することができて誇らしかった。桜も綺麗だし、私のプランは早くも成功の兆しを見せていた。
…その時点で1つだけ、我慢していることを除いて。
それは、屋台に売られている苺の入ったシャンパン。とてもお洒落だし、美味しそう。何より、私が今日着ている真っ赤なワンピースにぴったりだ。けれど、彼の手前、「一緒に飲もう」と提案することも、1人分だけ買うことも憚られた。

その後のデートは順調に進んだ。プラネタリウムを鑑賞し終えると、夕方を迎えていた。「もう帰ろうか」
私がそう提案しようとした矢先、彼は思わぬ提案をする。
「次、どうする?カラオケでも行く?」
耳を疑う発言だった。
え?今何て?カラオケって言った?だって、私、今日は君のためを想って、お金をかけない素敵なデートプランを考案したのに。先ほど諦めたシャンパンが脳裏を過る。
結局2時間ほどカラオケをすることになった。その間、私は「カラオケの料金を払うくらいなら、ファミレスで1人1品、料理を食べられるじゃない」とか考えて悶々としていた。後に、更なる衝撃が待っているとも知らずに。

カラオケ店を後にした彼はこうだ。
「あのさ、こんなこと格好悪いから本当は言いたくないんだけど」
「…何?」
「次回、絶対俺が奢るから、今日は晩飯奢ってくれない?」
彼の言葉は、私の淀んだ脳内に落雷した。

私の努力は「名もなきデート代」とでも言ったところだろうか

主に家事を担う奥さんが、空になったトイレットペーパーを交換したり、新しいシャンプーや歯磨き粉を補充することを「名もなき家事」と称されるのだとしたら。
「お金がない」と言う彼を気遣って、前日からお弁当の材料を買いに出掛けて、朝早くから料理をして、「可愛い」と思ってもらいたいと目一杯に着飾って、2時間電車を乗り継いでデートへ向かう、私の努力は「名もなきデート代」とでも言ったところだろうか。

「今日は色々行ったから、また今度にしようよ」
私はそう返すことで精一杯だった。彼に奢ることが嫌だったのではない。彼の申し出だって、もう少しだけ、私と一緒に居たいと思ってくれてのことだってわかっている。今日のデートを遂行するまでにある、私の「名もなきデート代」なんて、まるで存在しないと思わせるような彼の言葉に悲しくなっただけだ。

帰り道、ワンピースに合わせて履いてきたおニューのパンプスが靴擦れをして、足が痛んだ。「お花見をしよう」と提案したのは私なのに、慣れない靴を履いて来てしまったのを後悔した。空になったお弁当箱を抱えて、1人、電車に揺られている自分が惨めでたまらなかった。