ドラマが流行ったのがもう2年前。だいぶ遅ればせながら、最近『花のち晴れ~花男 Next Season~』という漫画を既刊の14巻まで全て読んだ。
面白くて、とてもショックだった。

漫画の舞台は『花より男子』のF4が卒業した後の英徳学園。C5と呼ばれる5人組が君臨し、学園の品位を保つという名目で庶民狩りをしている。そこに現れるのが、ド庶民の江戸川音。C5のリーダーである神楽木晴は徐々に彼女に惹かれていく――。
『花より男子』に似た、けれど少しずつ違う登場人物たちが、これまた『花より男子』に似た、異なるストーリーの中で生きている。
全巻一気読みした私は、当たり前に彼らのことが好きになり、続きが気になった。それが悲しかった。
これではまるで私のバイブル『花より男子』が代替可能な物語みたいだ。

どんなに素晴らしい物語も古くなる

小中学生の頃、丁度ドラマがブームだったこともあり、とにかく『花より男子』に夢中だった。お気に入りの巻をスクールバッグに忍ばせ、全校生徒に立ち向かった牧野つくしに恥じない生き方をしようと誓っていた時期もあった。友達は多く学校生活は順調だったので、実際そんな機会はなかったが、当時の私には大切な祈りだった。

特別な何かを見つけようと改めて『花より男子』を読むと、綻びが目に付いた。
道明寺は学園の男たちを使ってつくしをレイプしようとするとんでもない奴だったし、登場人物たちが男らしさ・女らしさに固執しているシーンも多い。
もちろん今読んでも面白いけれど、自分が既に身につけてしまった現在の価値観では、どうしても旧時代的に感じてしまう。どんなに素晴らしい物語も古くなるのだ。

花沢類はわたしに男性を好きになることを許してくれた人だった

自分の価値観のアップデートによって物語が古くなることは、切ないけれど当たり前だ。もはや有効ではなくなった物語は、今を映した新しい物語にすり替わっていってしまうのだろうか。
それなら、あの頃からずっと私の胸の中にいるこの花沢類は、一体誰なのか?
24歳になった今でも、彼が初めて稼いだお金で買った花を「プレゼント」とつくしに手渡す、あの笑顔を思い出すと、胸が締め付けられる。
なぜかめちゃくちゃブスな朝も、上司に追い詰められて機能不全になる昼も、彼氏と揉めて一人公園でチューハイを飲む夜も、心の中で「はなざわるい」とそっと唱えてみると落ち着く。涙が出そうになってくる。ずっとここにいてくれたんだね。

思えば、花沢類はわたしに男性を好きになることを許してくれた人だった。
小学生の頃、同じように『花より男子』にハマっていた女の子が、観覧車の中で道明寺とキスする夢を見たとこっそり教えてくれた。私はなんだかその性の香りに引いてしまって、それ以来その子とは『花より男子』の話をしなかった。
自分だって本当は道明寺に恋していたしキスしたかったけれど、道明寺はあまりに男性的で、惹かれている自分を公言することが出来なかったのだ。だから私は花沢類が好きだと言った。

中世的で王子様みたいな花沢類を好きだと言う度、自分がどんどん女の子になれる気がして嬉しかった。花沢類を好きな自分が好きだった。それは「ピンクが好き」とアピールすることにも似た快感で、こんな不純な動機でも、花沢類はいつも許してくれた。

花沢類こそが、かけがえのなかった『花より男子』そのもの

価値観がアップデートされれば物語は古くなる。それでも、誰かの大切なパーツであり続けうる。私にとってはこの胸の中にいる花沢類こそが、あのかけがえのなかった『花より男子』そのものなのだ。一緒に大人になってくれてありがとう。花沢類一生愛してる。