就職活動で嫌だったこと。
毎日ケアしていた金髪を3度も黒く染め直したこと。大学入学時に買ってもらったスーツのサイズが合わなくなって、歩く度にスカートが回転したこと。アルバイトのシフトに満足に出られないのに、毎日都心へ出ることで、日に平均1000円が財布の中から消えていくこと。

それらの中でも類なく、抜きん出て嫌だったこと。
面接へ参加すると、自信を持って語りたいと思っていたガクチカ(学生時代力を入れたこと)や、練りに練った志望動機よりも、「特技」のことばかり質問されたこと。

私のエントリーシートの「資格・特技」覧に記入されていたことは次の通り。
「学芸員資格 取得見込み」
「全日本ジュニア○○○選手権大会 3位入賞」
簿記や高得点のTOEICなど、これと言った資格を持っていない私は、卒業後に取得予定の資格だけよりも、幾分か見栄えがいいだろうと、過去の入賞経験について記入していた。これが思ってもみない地雷になるとも知らずに。

「能動的な学び」。私のガクチカはこれだったけれど

就活が始まるまでの3年間、自分でも語るには十分だろうと胸を張れるくらいに、充実した学生生活を送っていた。
専攻は中世和歌文学。学校中の誰よりも文学をやってやろうという勢いで、文学部の有名な他大学に、単位互換制度を利用して3学期ほど通った。ゼミの発表資料の作成はこだわって、国文学研究資料館へ赴いて資料収集をしては、歌一首につきA4で70ページ超の考察資料を何首分も書き上げた。

「能動的な学び」。私のガクチカはこれだった。「サークルのリーダー」や「学祭の実行委員」といった華やかな活動ではないけれど、精一杯に私らしい、オンリーワンなガクチカであるはずだった。

しかし、いよいよ面接に参加して驚いた。ガクチカなんてちっとも聞かれない。聞かれたとして、せいぜい「そうなんですね」と薄い頷きや、「すごいですね」とお世辞とも取れない温度で放たれる言葉が返って来るだけだ。ほとんどの面接官にとっては、決して高学歴ではない大学で学業を頑張った学生の話など、お呼びでないらしい。

面接官にとっては、8年前の私の方がよほど印象的らしい

一就活生の私に求められること。それは、「マイノリティーな体験」が無い限りでは、分かり易く「コミュニケーション能力を発揮した経験」。
私に突き付けられた現実は前者だった。

「それより君さ、○○○をやってたの?」面接へ参加したらほぼ100%、話題は過去のスポーツでの入賞経験へ転換される。当たり前だ。友達や知人からは「ふわふわしてる」「女の子らしい」と形容されるような私の容姿・人物像で、スポーツ、それも格闘技での入賞経験があるなんて、ツッコミどころ満載で質問し易いどころの話ではない。
面接の話題が過去の私へと焦点が切り替わった瞬間、高確率で落第することが決定する。何故なら、今の私は競技を続けていないし、過去の入賞経験は、今の私がアピールしたい自分と乖離し過ぎているから。

21、2歳の一人の女子大学生にとって、直近3年間の大学生活は、とても濃密な時間で、リアルタイムな私を構成する最も新鮮な要素だ。それであるのに、面接官にとっては、もう8年も前になる私の方がよほど印象的で、興味深い人物であるらしい。つまり、面接官が評価したい私というのは、8年前のまま停止している。

もっと、今の、等身大の私を評価してほしい

私は、就職活動を通じて、過去の自分に敗北する現実にぶち当たった。リアルタイムな私は、過去の私の影にすんなりと収まってしまうほどに、希薄なのだと。更に、この体験に付して、私はある事実をも発見してしまう。
自己分析を繰り返していた時、不意にインターネットの検索窓に本名を入力してみた。エンターキーをタップして驚く。競技をやっていた頃の大会記録、8年前までの自分としか遭遇しないのだ。

冗談じゃない。今の私は、あれから8年分の日々を過ごして、以前よりもずっと魅力的なはずなのに。もっと、今の、等身大の私を評価してほしい。だから、私はエントリーシートの「資格・特技」覧を書くのをやめた。

これは就職活動中盤の話。まだ一つの企業からも内定は貰っていなかったけれど、私は一つの目標を手に入れた。8年前の私に勝つこと。今、現在の私が一番魅力的であると誇れるように、社会で活躍しようと思ったこと。私は日々、進化し続ける。