「性交渉は尊い行為だ」
先輩の卒業論文に述べられていた結論がどうしても腑に落ちなかった。

大学で古典文学のゼミに所属していた。
古典文学には、恋愛を描いた作品が数多く存在する。それゆえに、性の話題を避けては作品を語れないこともある。
驚くべきことに、「日本最古の歴史書」と称される『古事記』の冒頭においても、性交渉についての描写が存在する。このことは、先輩の論文にも引用されていた。
イザナミがイザナギとの交渉によって生んだのは、初めにヒルコ。次に淡島。3度目にイザナギから声をかけたことでようやく交渉は“成功”し、次々に島が生まれ、日本の国が成り立ち、神々が生まれる…
ちょっと待って。ここに語られるのは、本当に「尊い」ことなのか。
だって、イザナミとイザナギの交渉って、似ている。
私が失敗した彼との性交渉に。

大学時代のある晩、初めての性交渉で血の気が引ける事件は起きた

私が初めて性交渉を経験したのは、大学時代に付き合っていた恋人と。
週に一度、一人暮らしをしている彼の家へ泊まりにいった。一つ屋根の下、年頃の男女が二人きりでいると、互いの身体に触れあうことは、もはや自然なことだった。

ある晩、事件は起きた。
行為を終えて、彼の股間を見ると、そこにあるはずのコンドームが無くなっていた。彼も、私も、あるはずの物が着けられていないそれを凝視し、硬直する。
血の気が引けるのがわかる。彼がどんな表情をしているのか確認する間もなく、立ち上がり、バスルームへ駆け込んだ。蛇口を捻り、飛沫をあげるシャワーヘッドを自分の身体へ当てる。
――どうしよう、どうしようどうしよう…
シャワーの水が冷たいままであるのを微塵も気に留めず、乱暴に肌を擦る。
ボトリ。
水浸しになった床に、探していたそれがくたびれた姿で落ちている。
「大丈夫?」
開け放たれたままのバスルームのドアから、捨てられた子犬みたいな表情をした彼が覗いている。

翌日帰宅して、自室の布団にうなだれた。毛布に包まると、胎児のように身を小さくした。一人になった孤独感が後悔を増して、罪悪感が私を襲った。「もしかしてしまったらどうしよう」と、不安が脳裏を駆け巡る。
両手で握りしめているスマートフォンの画面が発光して、毛布が作り出す暗闇を煌々と照らす。食い入るように見つめる画面に示されているのは、「アフターピル」の処方について。
ネットの記事によると、アフターピルは、行為後72時間以内に服用しなければ効果が無く、行為から服用までに時間が空いてしまうと、その分だけ効果も低下していくらしい。
昨晩の行為からもうすぐ24時間が経過しようとしていた。今、この瞬間にも、ピルの効き目は下がり続けている。

容易く貰えたアフターピル。神経質すぎたのかもしれないけれど

翌朝、玄関で靴を履いていると、居間にいる母に声をかけられた。
「こんな早くから、どこに行くの?」
休日に朝から出かけるなど、滅多にしない私を不思議そうに見つめている。
「ちょっと、読みたい本があって。今日、発売だから行ってくる」
私は母に嘘をついた。彼との行為や、自分自身や、多くのことを否定する嘘だ。

産婦人科でアフターピルを貰うことは容易かった。処方して欲しい理由を話して、約2日分のアルバイト代にあたる料金を払えば処方してもらえた。随分と事務的なやりとりに、私が忌避しようとする命を推し量られているようで、胸の奥がチクリと痛んだ。
翌月には、きちんと生理がきた。もしかしたら、避妊具が外れただけでアフターピルを使うなんて、神経質になり過ぎていたのかもしれない。

私は母に小さくて大きな嘘をついた。ヒルコはイザナミに海へ流された

好意が生じたために、性的興奮が起こったために、愛情を育むために、子供を授かるために、私の想像を超えて、さまざまな理由から、人は性交渉をする。けれど、その後に生じる展開は幸福なものであるとは限らない。性交渉とは果たして尊いのだろうか。

イザナミはイザナギとの性交渉の結果、生まれたヒルコを「不具の子」だと、海に流した。
私は彼との性交渉の結果、私を産んだ母に、小さくて大きな嘘をついた。何でもないような一言で動揺と罪悪感を覆って、日常の中にそっと溶かした。

イザナミがヒルコを海に流したと知らなければ。彼との行為の後、ピルを欲することがなければ。先輩の結論に何の違和感も抱かなかったかもしれない。
私は性交渉が尊くあるとは思わない。性交渉が尊くあるかどうかは、その後に生じる展開がどのようであるかによる、結果論だと思うのだ。
私が恋愛感情から彼に身体を委ねたのは事実だし、彼と共有した恍惚感を神秘的なものであるように例えたいのが本音だけれど。

幾多の性交渉が為すものが、祝福であること。許し合った人と人とが肉体で、皮膚で、熱で、紡ぐ愛情が尊い真実であるために、そう祈りたい。