最初は、冗談みたいな話だった。
「職場にすごい俺様な上司がいるんだよね」。
新卒で社会人になって2カ月が過ぎた頃、友人が食事の席でそう言った。
部長だというその上司は、部下への、特に女性への態度がとても高圧的だという。「『俺の言う通りにすれば間違いないから』とか、『俺の部下としての責任感を持って~』とか言うことがいちいち俺様なんだよね」。驚くことに同じ部署の女性はそれにおとなしく従っているらしい。
その状況を、私は「変な人がいるもんだね~」などと笑いながら聞いていた。

「どうしたらいいかわからない」。そう呟いた彼女と連絡が途絶えた

変だなと思ったのは、数か月後の食事でのことだった。

仕事への愚痴を笑いながら話しても、彼女がのってこない。普段なら「私の職場もさ~」と盛り上がるはずなのに相槌を打つばかりだ。
「そういえば、この前言ってた部長、どうしたの?」
そう聞くと、ああ…と何だか乗り気ではなさそうに口を開いた。
「本当にやばくてさ。私、先月からその部長と営業まわることになっちゃって…二人きりの車内で『売り上げを上げるためには俺のパワーを受け取らないといけない』とか、よくわかんないことを真剣に言ってくるんだよね」。
えー!やばいね!と明るく返しても、彼女は弱々しく笑うだけだった。
「でもその人、会社で売り上げ一位だから誰も逆らえないんだよね」。
彼女はどうしたらいいかわかんない、とつぶやいた。

その後、彼女にLINEを送ってもなかなか返信が来なくなり、しまいには全く返ってこなくなった。共通の友人に連絡をしてみても、定期的に開催していた飲み会に最近来ていないらしい。

何か大変なことが起きているのでは、と思った。
私は、彼女に「心配しています」とメッセージを送った。

友人が困っているのに何もできなかった私。情けなくて、辛かった

「ごめんね、返事なかなかできなくて。なんか疲れてて」

一方的に「会いたい」と言い続けてやっと会ってくれた彼女は、ますます笑わなくなっていた。当たりさわりのない話をした後、彼女が口を開いた。言葉を探すような仕草を見せた後、「私、あの上司に結局…」と漏らし、言葉を詰まらせた。
言わなくてもわかった。彼女が、職場で何に耐えているのか。何をされているのか。
「拒めなかった」と「もういいんだ」と繰り返す彼女に、私は「そんな仕事辞めなよ」「そんな上司の元にいたら壊れちゃうよ」と話した。

その日以来、何を送っても彼女から返事が来なくなった。
このままだと彼女が壊れてしまう、と思った。もしかしたら永遠に失ってしまうかもしれない。
しかし、どうすればいいのだろう?
私は、今になって「そんな仕事辞めなよ」と無責任に言ってしまった自分を恥じた。彼女が仕事を辞めて、その後の責任を負うのは彼女なのだ。お金とか、転職先とか、いろいろな不安に苛まれて身動きを取れなくなっている彼女に、私は無責任にアドバイスしている気になっていただけなのだ。

友人のピンチには駆け付けて、話を聞いて、助けになる。
そういう、学生時代に思い描いていた「友情像」が、いかに夢物語なのかを痛感した。友人が困っている時に、私は何もできない。悲しくて、情けなくて、つらかった。そんな自分も身勝手だと思った。本当につらいのは彼女なのに。

どうしようもなくなって、私は最後に手紙を書いた。
ただただ、あなたが私の人生をどれだけ明るいものにしてくれたか、そういうことだけを書いた。出会えてよかった、これからも一緒に生きたいと綴り、祈るような気持ちで投函した。

友人は助けを求めてもいい存在。同じことを繰り返さないように

その一年後、彼女は転職した。
そしてその直前、社内の先輩と婚約した。
彼女は強かった。会社の中で、きちんと相談できる人を見つけていたのだ。

「友人のために何もできなかった」という経験をして以来、心掛けていることがある。
自分が被害に遭う、遭わないに関係なく、「そういうこと」に巻き込まれてしまった際に法的にどういう対応ができるのかを知っておく、ということだ。そして、友人のために動かせる資金を少しくらいは持っておきたいと思っている。

そして、今現在苦しんでいる人にどうか聞いてほしい。
「本当につらい出来事に遭うと、助けを求めても無駄だ」と思ってしまう。
でも、覚えていてほしい。友人は助けを求めてもいい存在だということを。
必ず頼りにしなくてもいい。ただ、そのために友人がいること、忘れないでいてほしいと思う。