ふたりで暮らし始めて4日、あなたはテレワーク勤務になった。こんなタイミングで一緒にいる時間が増えるなんて、と驚きつつも、それは私たちにとって悪くはないことだった。それからもう3週間がたって、今でも常に一緒にいる生活を送っている。
私はまだ職探しの段階にいて、家では求人情報を探ったり小説を書いたりして過ごしていた。日中はほとんど、お互い何も喋らない。

実家にいた時は、母とうまく気が合わず、私はよく泣いていた。

おうちにいる、あなたとの時間は驚くほどおだやかだった。夜になれば、二人でベッドに寝そべって、本を読んだ。そして時々言葉を交わして、眠り込む。
私は、あなたと暮らして実家にいた時のことを忘れ始めていた。それでも、あの独特の窮屈さは忘れることができない。
実家にいた時は、母とうまく気が合わず、私はよく泣いていた。母には悪気がなかった。それでも私には些細な一言や言動がどうしても目について、その優しさのない振る舞いに傷ついていた。不具合が私にしか起こっていなかったのが、苦しい点だった。
口論になる前に、私はグッと言葉を堪えてしまうクセが抜けない。どうしても言い争うことと、怒ることが、嫌いだった。

母の表情を伺わずにはいられないというのが、私の弱さだった。

母は私を天真爛漫な子だと言う。私はそういう自分を、もう間違いがなく演じていた。私はおどけながら、心の中ではもう黙って日々を過ごしたいと思っていた。それでも母の表情を伺わずにはいられないというのが、私の弱さだった。後になって、そういう自分が嫌になるのはわかっているのに。母はよく仕事の愚痴を言って誰かをこき下ろした。それを何度も繰り返し聞くのは、あまり気持ちの良いものではなかったけれど、だからと言って突き放すのは怖かった。母に嫌われることを、いまだに恐れているのだ。

冷や汗をかいて起きた私の髪を、あなたは無言で梳いてくれた。

実家から離れた今も、私は時々母の夢を見る。その夢の中で、私は好きなだけ言葉を吐いて母を傷つけた。その夢は激しさを増す一方で、母は顔を歪めたまま黙りこくっている。そういう夢を、今でも見る。冷や汗をかいて起きた私の髪を、あなたは無言で梳いてくれた。それに、私は安心して、また眠ることができるのだった。
おうちにいるとあなたのやさしさが心に滲みてくる。あなたは本当におだやかな人だ、と私はこの3週間で知った。言葉を交わさなくても、そばにいられることが、どれだけ私を救っているか、わからない。
あなたとは、あとどれくらい一緒にいられるのだろう。そう考えると怖くなる。けれど、それまでの日々を、ただしずかに、過ごしていきたい。