新卒で、営業職に就いた。
1年目は飛び込み営業で、初対面の人に名刺を差し出しては断られる日々が続いた。
「自分なんて社会に必要じゃないのかも…」と思い始めた矢先、しばらく先輩に同行することになった。そこで気づいたのは、「万人が必要とする商品ではなくても、誰かは必ず必要としている」ということだった。100社当たったら、1社くらいは必ず「必要としている人」がいる。心が折れそうになりつつも、そう信じて再び飛び込み営業に明け暮れた。

すると、2年目に差し掛かる頃、「話を聞くだけなら…」と言ってくれる会社が現れ始めた。それに伴って、少しずつ受注が増えていく。
Aという会社はその中の一つだった。規模は大きくはないが地元で愛されるお店を経営していた。社長兼店長の男性は従業員とも仲がよく、雰囲気もいい。
名刺交換をした際、店長は「飛び込みで回ってるの?」と聞いた。はい、と返事をすると「大変だと思うけど、頑張って」と言ってくれた。そんな言葉をくれた人は初めてだったので、泣きそうになったのを覚えている。
提案した商品に1年間契約をしてもらった。

増える仕事に自信がつき、営業先からの誘いも素直に喜んだ

それからは徐々に忙しくなった。
担当する会社が増える度に仕事も多くなる。しかし、仕事をすればするほどハイになるようで、「営業としての力がついてきたのかも」などと思いやる気になっていた。

そんなある日、状況を聞きに久しぶりにAを訪ねたところ、店長に「相談があって…来月当たりにご飯行こうよ」と言われた。接待ならば会社に報告せねばならない。「もしよければ上司も一緒にいいですか」と聞くと、「上司はちょっと…接待みたいな重い感じじゃなくて、軽く付き合ってもらえると嬉しい」と言う。「わかりました。最新の資料持っていきます」と返した。
会社に帰って上司に報告すると、「信頼されてんなあ。次も大きい受注、頼むよ!」と肩を叩かれた。そうか、こうやって長い付き合いができていくんだな、と思う。得意先で頼りにされている上司たちの姿が浮かんだ。

仕事が認められたわけではなかった。私の中で何かが音を立てて崩れた

予定の数日前、用があって店長に会いに行くと「ここでどう?」とお店の情報を見せてくれた。そこは、夜の街にある割烹料理屋だった。
「え…?」
違和感を覚えた。「軽い相談」にしては場所も値段も釣り合っていない。しかし店長は「行ってみたかった店で。こういう所でご飯食べると勉強になるよ」と言う。「でも…」と渋ると「いいから」と繰り返す。
その後用事を終え、帰ろうとしたその時だった。
「あ、ちょっと待って」
そういって、店長の手がこちらへ伸びた。その手はそのまま、私のポロシャツの襟の内側に入る。全身が凍り付いたみたいに動けなかった。
「ほら、なんかゴミみたいなん付いてたよ」
そう言って指でつまんだ何かを見せる店長に、言いようのない恐怖を覚えた。

ショックだった。信頼していた何かがボロボロと崩れていく気がした。
帰社して、上司に報告した。「嫌だったら断れよ」と言う。そうか、自分で何とかするしかないのだな…と思った。考えれば考えるほど悔しかった。そうか、相手は私の営業力を認めてくれたわけでも、提案を気に入ってくれたわけでもなかったのだ。勘違いだった。上司もきっとそれをわかっていたのだろう。だから「自分で後始末しろ」と言わんばかりの対応なのだろう。
断るべきか、でも、断ったら今後の関係はどうするのか…?
悩みすぎて結局発熱し、断らざるを得ない状況になってしまった。お詫びの連絡を入れると、「また今度必ず行こうね」と言う。私は「もう無理だ」と思った。
結局、その他のいろんな要因が重なって、私は仕事を辞めた。

女性だからって、苦しむ必要はない。どうか自分を責めないで

「女性の営業職」という文字を見る度に思う。
女性が営業をするには、女を武器にするか、女を捨てるかしかないのだろうか。ただそういうことを抜きにして働くことが、なんでこんなにも難しいのだろうか。
ただ、後悔していることもある。
私は、あの時怒るべきだったのだ。関係性を心配するのではなく、何よりも先に、女性を、営業職をなめるなよと、本気で怒るべきだったのだ。

今後こういうことは少なくなっていくと信じたい。でも、もし影でまだこんなことが行われていたとしたら。今同じ思いをしている人たちには、怒るか、せめて逃げるかを真っ先に選択してほしい。自分を責める必要はない。それは、あなたをすり減らしてまでするべき仕事ではないのだから。
それが、かつて営業職で苦しんだ人間からのせめてものお願いだ。