私には、友達が少ない。極度の人見知りな私は幼稚園の頃から今まで、自分から声をかけて仲良くなった人が、記憶の限り一人もいない。中学の入学式では一言も発さず帰宅し、最近までしていた短期のアルバイトでは研修期間中、同じ非常勤のアルバイトの人たちと「おはようございます」「おつかれさまでした」の挨拶しか交わさなかった。話をするきっかけさえ得られればなんとか会話を繋げることはできるので、優しい人が声をかけてくれるのを待つ形でどうにかこうにかやってこられた。

SNSでは人見知りせず、むしろ積極的にコメントして交流を楽しんだ。

しかし、今まではよくてもこれから本格的に社会に出るとなればそうはいかない。そもそも社会に出る以前に人として、誰かに話しかけてもらうまで自分から他人に働きかけることができないなんてどうかと思う。わかってはいるけれど、そう簡単にこの性格を変えられるわけではない。
そんな私が現実逃避の手段として利用するようになったのがSNSである。初めて作ったSNSのアカウントはアメーバブログのものだった。現在は、はじめに開設するSNSとしてTwitterやInstagramが主流なのかもしれないが、当時はこれらのツールを知らず、インターネットといえばアメブロ、と思い込んでいたため、ブログを開設して日記を書きはじめた。

インターネットの世界では人見知りの自分を発揮することなく、むしろ積極的に同年代の人が書いているブログにコメントしたり、アメーバブログの登録者限定のコミュニティに出入りしたりと交流を楽しんでいた。

性別も住んでいるところも関係なく堂々と「友達」と呼べる人たちができた

ブログを開設して半年ほど経った頃、Twitterの存在を知り早速登録してみた。趣味はわりと充実しているため、趣味ごとにアカウントを使い分け(いわゆる読書アカ、音楽アカ等)、読む本や聴いている音楽の傾向が似ている人を片っ端からフォローした。そこで出会う人たちは顔も本名も時には年齢も知らないことがほとんどだったけれど、なぜだか躊躇することなく声をかけることができた。性別も住んでいるところも関係なく堂々と「友達」と呼べる人たちができたのは嬉しかった。
アカウントを変えたりもう運用していなかったりで、当時仲が良かった人との交流は実は今は少ないが、初めて自分から声をかけて仲良くなれた人がいるという事実は、現実世界でいつまでたっても他人に話しかけられない私の慰めになっている。

自分の意見を持つことの大切さを知り、それを発信する勇気も得た。

さて、SNSから得たものは「私にも自分から友達が作れる」という肯定感だけではない。今主に使っているTwitterのアカウントでフォローしている人たちからは「自ら声を上げることの大切さ」を学んだ。政治やフェミニズムなどについて、インターネット上で協力を呼びかける署名活動の存在も知った。声を上げ続けることで多くの人に活動が広まり、世界的なムーブメントになった例もリアルタイムで目撃できた。今までは、特に政治やフェミニズムについて発信していると悪意を持って攻撃してくる人がいることを知っていたため、ひっそりいいねを押すとかリツイートをするだけにとどめていたが、SNSをしていなかったら絶対に出会うことができなかったであろう人たちのおかげで、自分の意見を持つことの大切さを知り、それを発信する勇気も得た。
現実の世界で著しく引っ込み思案になってしまう自分を変えたいとは思っているが、SNSの世界を知ることで、少しずつ自分なりに努力していけばいいと思えるようになった。だから、SNSに出会う前の私に教えてあげたい。焦らなくても、あなたが一番居心地がいいと思える居場所は見つかるよ、と。