本名で会えるその日まで~ネットで知り合った小説書きのあなた~

次会うときは、あなたと本名で出会いたい。
私はあなたのペンネームしか知らずに、雪の降る石川県で顔を合わせた。とても寒い日だった。指先は悴んで、ポケットに手を突っ込んでいても、そのつめたさが簡単に忍び込んできた。熱燗の湯気の立つほどの熱は喉元をカッと熱くさせた。あなたはあまり表情に現れないたちなのか、薄く微笑んでいた。
あなたはとある携帯小説サイトで人気の作家だった。純文学がやりたい、と銘打って短編を五十以上もアップしていた。
私も同じサイトで短編や日記をアップしていた。そこには慎ましく読者数10という数が表示されていて、その中の1人になぜかあなたがいた。
あなたには何百人とファンがついていた。
あなたからのコメントを見たとき、どうしてこれだけ人気の人が、と思うと同時に、あなたの文体が好きだった私は、何か分かり合えることがあるんじゃないか、と考えたのを覚えている。
あなたとは創作の話だけではなく、学校や家族、日々の些細なことについてまで話をした。読んだ本や映画について、語り合った。
けれどあなたはいつも、のらりくらりと核心には触れない答え方をしていた。それが私にはいつもいじらしくて、より一層あなたに興味が湧いていた。
あなたには、私が会いに行った。石川県という風土と、海鮮が食べたいという点に惹かれて、もちろん一番はあなたが理由で、赴いた。
初めて会ったとは思えない、絶妙な馴染みがそこにはあった。あなたは兼六園や美術館へ私を案内した。そのどれもが美しく新しい場所に来たのだという心地よさを私に感じさせた。
あなたは言葉が少ないながらも、ポツポツといろんな話をしてくれた。例えば少し肌寒くなるとすぐに雪の懸念をすることについて、自分の作品を読む女の子をバスで見かけたことがあるということについて、そうして物書きになりたいという互いの夢について。そのどれもが私には心地よく響いた。あなたとは静かに、20センチほどの間隔をあけて歩いた。
あなたも私も、文を書くことで現実と折り合いをつけようとする点でよく似ていた。そうすることで、改めてその事実を見つめ直したり、人付き合いを考えたりするのだった。
私はあなたと別れる時、これだけは、と思って投げかけた。
「いつか、小説家になったら、私にすぐ知らせて」
それから少しすると、あなたとは大学受験を理由に連絡が途絶えてしまった。今頃、元気にしているだろうか。
次会うときは、あなたと本名で出会いたい。
もっと言えば、お互い本当の物書きになった後で、あなたと会いたいと思っている。
今度は震えるほど寒い日なんかじゃなくて、あたたかな陽が差す、ひかりの中がいい。
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