「彼氏を寝取られた」
友人から突然ランチに誘われ、告げられたのは衝撃的な一言だった。
「それで、別れちゃった」
リアクションの一つも取れずに硬直している私を差し置いて、話は続けられた。彼女の唇には艶々と光沢を放つリップグロスが塗られていて、それが妙に生々しかった。

恋愛話をするためには、男性経験が必要と言われているみたいだった

「だって、あんなに仲良かったのに?」
彼女とその元恋人は、私と同じ学科の学生だった。入学してから直ぐに付き合い出した彼らは、学科内では有名なカップルだった。

「あいつ、バイト先の女とやったらしくて。私とはしたことないのに…」
「え?ちょっと待って、どういうこと?」

大学へ入学してからもう2年が経過しようとしている私たち。成人している男女が付き合うとしたら、性関係にあっても何ら不思議でない。もはや、学科内で周知されている恋人同士なら、そういう関係を築いていると誰もが思っているだろう。

彼女の話によると、「結婚するまでは純潔を貫きたい」と頑な彼女に対し、多感な性衝動を抑制できなかった彼は、以前からアプローチを受けていたバイト先の女の子に誘惑されてしまったのだという。

「今時処女を守りたいって、私、おかしいかな…」
切羽詰まった表情で、彼女は尋ねる。
「そんなことないよ。なんとなく経験するより、ずっと素敵だと思う」
惨いようだけれど、心にもない言葉だった。そもそも、私に適当な解答ができるはずもなかった。彼女は、私に男性経験がある前提で話を進めるけれど、私だって、処女なのだから。

「そうだよね?!○○がそう言ってくれてよかった!他の友達に相談したら、セックスなんて大したことないとか言うからさー」
次から次へと、私の知らない世界を展開してくる彼女の話に、酷く動揺した。彼女の一言は、同世代の女の子たちは、当たり前のようにキスやセックスを経験していることを意味していた。同世代の女の子と恋愛話をするためには、男性経験がなくてはならないと、そう言われているみたいだった。

「いつもより可愛くない?」この一言が、すごく恥ずかしかった

憂鬱なランチの数ヶ月後、私は異性を知った。
初体験の翌日、一人暮らしをしている恋人の部屋からそのまま学校へ行った。その日の授業は、学科でも履修者が多い授業で、教室には彼女の姿もあった。
授業終了後、彼女が私に話しかけて来た。

「この授業、○○も取ってたんだ!」
流行に敏感でお洒落な彼女は、この日も綺麗にお化粧をして、華やかな柄のブラウスを纏っていた。ボブ丈の髪の毛は、アイロンで丁寧に巻かれていて、頭にはリボンのカチュームまで着いている。

(今日の格好も可愛いね)そう言おうとした矢先、彼女に言われた。
「なんか今日の○○、いつもより可愛くない?」
この一言が、すごく恥ずかしかった。

私は、今日、彼の家から学校に来た。つまり、服は昨日学校へ来た時と全く同じ物だ。鞄の中のメイクポーチの中身で最低限の化粧をした。彼の部屋にヘアーアイロンなんてなかったから、髪はノーセットだった。

「何言ってんの(笑)メイクも髪もテキトーだし、△△の方が可愛いよ」
「違うよ、そういうことじゃなくて」

彼女が感じた「可愛い」は、たぶん、セックスをしたことによるフェロモンとか、そういう類のものだと思う。以前、処女であることを相談された彼女に、それを指摘されるのはすごく恥ずかしいことだった。

私を「可愛い」と言った彼女は、すごく可愛い

私はきっと、処女を守りたいわけでもなく、処女である私を無意識に辱めた彼女を憎んでいたのだと思う。学科内でも評判の恋人がいるのにも関わらず、自分の意思で自分を大切にできる彼女が羨ましかったのだと思う。

私を「可愛い」と言った彼女は、すごく可愛い。彼女は、綺麗に洗濯された服を着て、流行りのメイクをして、毎日違う髪型をして、誰の物でもない、自分自身のために女の子だった。

彼女は私に恋愛話をたくさんしてくれたのに、私はあまり、彼女に自分の恋愛話をしたことがない。つい先日、大学は卒業してしまったけれど、また彼女とランチに行けた時には、たくさんの話をしたい。歴代の恋愛の失敗談、セックスについて考えていること、実はあの時処女だったこと、あなたのことをすごく可愛いと思っていること。