私には、もう5年近く手紙のやりとりだけが続いている友人がいる。
その友人と初めて会ったのは大学時代だった。違う専攻でなかなか接点がない状況だったにも関わらず、たまたま同じ授業を取ったことで知り合い、仲良くなった。
その友人は、たくさんの人と交流するというよりは、私と同じように数人と濃い信頼関係を築くことを大切にしているタイプの人だった。何か意見を求めると、しっかり考えてから答えてくれる。思慮深く優しい彼女とは、積極的に待ち合わせはしないものの、顔を合わせると一緒に時間を過ごすという関係性を築いてきた。
SNSでつながってはいるものの、連絡を取ったことは一度もない。おそらくお互いに「これで簡単に連絡を取るのは何かが違う」と思っているのだろう。お互いの住んでいる場所が遠いこともあり、大学卒業以来一度も顔を合わせないまま、手紙だけでつながっている。

離れているからこそ、気に留めていることを伝え合う「救援物資」

他にも手紙をやりとりする友人はいるものの、彼女との手紙には他とは違う特徴があった。それは、お互いの日記を送り合うことだ。新入社員として会社に勤め始めて数か月、どちらからともなくブログのような形で書き綴った日記を印刷し、送り合うようになった。そこには、会社の困った体制のことや、初めて経験する社会人としての悩みなどが赤裸々に綴られていた。日記と言う形を取ったその言葉たちは、手紙に「悩みがある」と直接書くよりもずっと切実に心に響く。そこに相手の苦しさを感じ取るにつれて、返事には入浴剤やちょっとしたお菓子なども添えるようになっていた。

そんな手紙のやりとりを、私たちは皮肉も込めて「救援物資」と呼んだ。「今月の救援物資を送ります」「今回も、おだやかに過ごせるようにと選んだ救援物資です」など、おもしろがってその言葉をよく使った。

手紙越しに感じる変化にもどかしさだけがこみ上げる

そんなやりとりに変化があったのは、彼女が働き始めて2年目、新しい土地に転勤した頃だった。最初に「おかしいな」と感じたのは、日記だ。内容がとても深刻なものになっていたのだ。少し前から「職場の女性の上司に曲者がいる」というような描写があり、その上司は性格がきつく、後輩につらく当たる癖のある人のようで、心配していた。最近、その人の言動がどんどんエスカレートしているようだった。「こういうことがあった」と淡々とつづられている日記の中に、その上司がまるで彼女を目の敵にしているかのような行動がたくさんあり、胸がきゅっと締め付けられる。

「大丈夫ですか?心配しています」という旨の返事をしたため、旅先で買い求めたキーホルダーを送った。彼女から来た返事には、「もらったキーホルダーをお守りとして毎日職場に持って行っています」とあった。しかし、日記には「つらい。もう辞めてしまいたい」というような言葉がたくさん登場し、状況が悪化していることは一目瞭然だった。

私は悩んだ。もういっそ、SNSで連絡を取った方がいいのだろうか。手紙で「心配しています」と書いたところで、電話をした方が何倍も速いのだ。考えた末、「手紙が届きました。職場のこと、心配しています。いつでも話を聞きます」と書いたメールを送った。しかし、待てども待てども返事はない。私はますます心配になった。すると、一か月程経った頃、ふいに彼女から手紙が届いた。

ちょうどいい距離だからこそ救えた窮状

急いで開くと、そこには驚くことが書いてあった。
「実は少し前から精神科に通院していたのですが、結局よくならず、そのまま勤め先を辞めることにしました。ただ、これは職場の環境のせいなので、その旨きちんと認めてもらいたく弁護士さんに相談していたんです。そして、ようやく職場責任で退職することができました。その、職場に過失があったと認められた証拠、一体なんだと思いますか?」
そこには、彼女の綺麗な字でこう綴られていた。
「私が手紙のやりとりのために書いていた日記です。こうして手紙を送り合う習慣のおかげで、思わぬ形で助けられました。ありがとう」

私は、思わず「わあ…」と声が出た。そうか、私たちがおもしろ半分で呼んでいた「救援物資」が、いつの間にか本当の“救援”になっていたのだった。心の底から嬉しく思った。

私たちだけのちょうどいい距離感で友情をつなぐ

その友人とは、今でも手紙のやり取りが続いている。
SNSで連絡を取るとか、電話で話を聞くとか、駆け付けるとか、便利な方法で友人とつながる方法も、もちろんある。しかし、そういう関係以外にも、友人との付き合い方はきっとある。
「私たちの距離感はこれがちょうどよかったのだ」と思いながら、私は今日も手紙に添えるための日記を書いている。