それは、彼女が20歳の誕生日を迎える数日前、忽然と現れた。
「まさか気づかないの?」
あえてリアクションをしないでいた私の態度にしびれを切らした幼馴染は、自ら切り出した。
「気づいてるけど」
彼女の目元には、数日前までは無かったピンクとブルーのダイヤマークが2粒光っている。
「どう? めっちゃ可愛いでしょ?」
「…いつ入れたの?」
「昨日!ピリピリするくらいで、思ってたより痛くなかった」
確かに、最近の彼女は口を開けば「このデザインが可愛い」だの「身分証明のために原付免許を取る」だの、それに関することばかりだった。
けれど、まさか本当にタトゥーを入れるとは思っていなかった。

私たちの間に漂ったタバコの煙が、彼女の表情を霞ませた

数日後、待ち合わせをしていた彼女から「買うものがあるからドラッグストアにいる」とメッセージを受けた。
店内で彼女の姿を見つけると、少し驚かせてやろうと思い、商品棚を眺める彼女の背後へ回った。けれど、驚かされたのは私の方だった。
彼女のうなじには、新しいマークがあった。
「…△△ちゃん、また入れたの?」
「わあっ、びっくりしたぁ」
振り返った彼女の顔には、やはり2つのダイヤマークが光る。
「最近入れたの。可愛いでしょ? ほら、これも」
そう言って、彼女が見せる左腕にも新しくタトゥーが入っていた。

店を後にして、2人で歩いていると、彼女はおもむろにポケットからタバコを取り出した。
「タバコも吸い始めたの? 前に、嫌いって言ってなかった?」
歩みを止めて、彼女の顔を見ようとする。
「うん、最近ね」
歩道の外側で押していた私の自転車のカゴの中には、私のリュックと彼女のサコッシュも乗せられている。以前は無かった、あるいは気にも留めていなかった彼女の行動の一つ一つが気に掛かった。
私たちの間にはタバコの煙が漂って、それが彼女の表情を霞ませた。

友人が見せるタトゥー、私は正直…どう反応していいかわからない

私が21歳の誕生日を迎える数日前の出来事だ。
バイト先からの帰り道、スマートフォンを見ると、彼女から「バイト終わったら会おう~」と、メッセージがあった。
夜10過ぎの空いたファミレスで、向かい合ってパフェを食べた。
「店の中涼しい~! パフェも美味しい~!」
エアコンの涼しさと、夜に食べる甘味の背徳感に悶える彼女は、真夏にも関わらず長袖を着ている。テーブルの上には、当たり前のようにタバコの箱とライターが乗せられている。

「私、○○ちゃん以外に友達いないから、こーゆーの、すごい楽しい」
それは、彼女がよく口にする台詞だった。
「ねえ、これ見て。新作」
捲った袖口から覗く二の腕には、新たにハートマークが刻まれていた。カラフルに色塗られたマークの真ん中には、『世界平和』の文字が刻まれている。
その4文字を認めた瞬間、私の下腹部に、鉛のような重みがのしかかった。喉に貼りついた生クリームの甘さを飲み込む。
そして、私は、遂にそれを言う。

「…ごめん。タトゥーを入れるのは、△△ちゃんの勝手だけどさ。もう私に見せないでくれない? 正直、どういう反応していいかわからないし、困る」

酷いことを言った。
彼女には、タトゥーを入れても私以外に見せる友達がいないと知った上での言葉だった。
けれど、私は限界だった。
それから、彼女とはわかりやすく疎遠になった。

私は彼女が大好きだった。だから、自分の平穏を大切にしてほしい

駅から家まで他愛もない話をしながらゆっくり歩いたり、気軽に誘って一緒にご飯を食べたり、彼女と過ごす何でもない時間に平穏を感じていた。
最初、彼女の目元にダイヤマークが現れたのを見て、ピエロの涙みたいだと思った。彼女の寂しさを垣間見た気がして、胸が痛んだ。彼女に寂しい思いをさせてしまっているのなら、友達として支えてあげたいと思った。

けれど、シールでも貼るみたいにタトゥーを増やす彼女を見て、そんな想いは徐々に風化されていった。ポップに“世界”規模の平和を謳う彼女を前に、私の感傷は露と消えた。私との小さな平穏を暴きながら、抽象的なメッセージを誇示する彼女を受け入れることは難かった。

全く連絡を取り合わなくなってしまった彼女。もう待ち合わせをしたり、だらだらと家まで歩いたり、一緒の時間を過ごすことは無いだろう。私たちの間にあった平穏は二度と訪れない。

あの時も、今も、彼女は1人で泣いているのかもしれない。
彼女が刻んだ物は一生消えない。勝手ながら、私は、彼女がそれに背くようなことがあってもいいと思っている。その時は、どうか自分のための平穏を大切にして欲しい。1人で泣かないでいてほしい。

もし、今でも彼女が私との時間を「楽しかった」と振り返ってくれるのなら、私はそれだけで嬉しいと思える。私は、彼女と、彼女と過ごす時間が大好きだった。それだけは、何があってもずっと消えない。