「お腹がすいた」という言葉の意味を、私は長い間知らなかった。
「お腹がすいた」というのは、ハッピーセットのおもちゃや、甘いものやジュースを与えてもらうための魔法の言葉だと思っていた。言えば何かしら「楽しいこと」があるのだろう、その程度の認識でしかなかった。

なので、中学生の頃、部活帰りに突如現れた感覚が最初は何か全くわからなかった。
帰宅して、カップラーメンを食べる。でも満足できない。ご飯を食べる。しかしまだ満たされない。このまま何かをお腹に入れ続けたいという焦りだけがどんどん膨らんでいく…。

そこで、初めて気づいた。
「もしかして…これが『お腹がすいた』なのか…!?」
お腹の底から何かを欲望する感覚。その日、私は初めてその言葉の意味を、身体の欲求を知ったのだった。
それが、私と「食欲」との出会いだった。

忙しく働き始めた頃、真っ先におざなりにしたのは食事だった

大学生になり、「自分で、自分の好きな量を好きなだけ食べられる」という喜びを知り、食が楽しくなってきた。しかし、元々そんなに関心がなかったこともあって、生活の中で食事の優先度はそんなに高くはなかった。
その影響がダイレクトに現れたのが、社会人一年目の夏だ。

入社して少しずつ仕事も任せてもらえるようになり、バタバタと忙しく働き始めた頃、真っ先におざなりにしたのは食事だった。朝食は、ぎりぎりまで眠りたいので抜くこともしばしば。昼食は、周りの先輩方がコンビニ飯でさっと済ませたり、「いやあ~打ち合わせ長引いちゃってさあ」と夕方にずれ込んで取っている姿を見て、自分も「その程度でいいや」と思うようになっていた。

何なら、食事を犠牲にして働く姿をかっこいいとさえ思っていた。夕食も、遅くに取ったり、遅すぎた日は抜いたりを繰り返していた。食事の時間さえきちんと決まっていないのだから、あわせて睡眠時間もガタガタになっていく。

そんな日々が続き、「なんだか喉が痛いなあ」と思って寝た翌朝、扁桃腺がひどく腫れて高熱が出た。病院に行くのも一苦労、タクシーの運転さんに息も絶え絶え「近くの病院…」と伝え、連れて行ってもらった。待合室でもしんどすぎて座っていられない。
何よりつらかったのは、喉がカラカラに乾いているのに唾さえも飲み込めないことだった。ごくん、と飲み込もうとすると喉に激痛が走る。痛すぎて、そして情けなさすぎて涙が出た。
医師に「即入院」を告げられた。

食事というのは、単なるエネルギー補給ではなかったのだ

高熱でうなされる中、二日間ずっと点滴で栄養を摂り続けた。昏々と眠っていたようで、記憶はほぼない。三日間目の朝、「そろそろ口からの食事もしていきましょう」と言われ、久しぶりに昼食を取ることになった。「食事…できるのかな」と恐る恐るつばを飲み込むと、ほとんど痛みもなかった。いけるかもしれない。

「どんな食事が来るのだろう」と楽しみにしていた初めての病院食は、栄養補助飲料と、ヨーグルトと、半透明の白っぽい汁だった。
全部があまりにも水っぽくて少し戸惑う。
ひとまず、手前にあった汁を手に取る。「お吸い物か何かかな…?」と思って口を付け、びっくりした。

それは、重湯だった。おかゆをもっと煮詰めたようなさらさらとした口当たりの中に、お米の味がぎゅっと凝縮されている。
ゆっくりと一口飲み込んで、動きが止まった。
「ああ…お米って…こういう味だったなあ…」
私は、しみじみと、涙が出そうなくらい感動していた。
こんなに、おいしいものだったのか、口で食べる食事というのは。
お米の形も食感もそこにはないのに、その深い味わいを舌で感じる。感じられる。飲み込むと、食道を通って確かに胃に届く。そして身体に吸収される。

そうか、食事というのは、単なるエネルギー補給ではなかったのだ。休息であり、喜びなのだ。毎日の幸せだったのだ。
「食欲」というものを、頭ではなく、身体で初めてきちんと感じた瞬間だった。

忙しさに飲まれそうになった時は、あの「重湯」の味を思い出す

病院のベッドの上で、自分がいかに人生で身体を、そして「食欲」をおざなりにしてきたか痛感し、猛反した。
あれ以来、忙しさに飲まれそうになった時は、一度あの「重湯」の味を思い出すことにしている。

一見やっかいで面倒にも感じられる「食欲」というものを、きちんと感じて叶えてやること。これは、何より自分を大切にする一番手軽な方法だと思う。
「ああ、食欲に気が付いて本当によかった」と、今は心から思っている。