「私には資本主義がわからない」。

それは資本主義社会を生きる者としては、色々な意味で失格なのかもしれない。そんなフワフワした危機感を持って、三年目研修の時、会社の同期に打ち明けた。入社してからほとんど話したことのない同期から突然謎の表明を受けた彼は、ポカンと口を開けた。

話したことはほとんどなかったのだけれど、彼の活躍は同期としても誇らしかった。「僕、このゲームの勝ち方知っていますよ。僕に賭けませんか」と言わんばかりに、社内外を説得して、時には社内外のルールすらも変えていく様は痛快だった。それでいて、偉ぶるでもなく「この世界のルールを知っていただけなんで」みたいな顔で、飄々としている姿に感服した。

「資本主義をわかるためには、何を読んだらいい?『資本論』?」

素っ頓狂な私の問いに、彼はアッサリとこう答えるのだった。

「え…株でもやれば?」
「株ってどうやるの?」
「そこから?適当に証券口座を作ったらいいよ。それで何でもいいから株を買えばいい」
「何でもいいの?」
「生きるためのお金を残しておけば、死にはしない」
「なるほど、わかった。株をやる」
「あ、信用買いはしないように」
「え?信用買いが何なのかは知らないけど承知した」

思い切って始めた株。変動をチェックするのがいつしか日課になった

三年目研修が終わって、すぐに証券口座の申し込みをした。その証券口座のアプリもダウンロードして、「よし、株をやるぞ」と思った。しかし、どう銘柄を選んだらいいのかもよく分からない。何となく、キャッシュレス関係の企業の株と、毎日使う通信アプリの株と、元彼の勤務先の株を100株ずつ買った。「指値」とか「成行」とか書いてあったけれども、画面上に知っている単語の方が少なかったから、ろくに調べずに「成行」で買った。

証券口座のデータは、家計簿記録アプリにも紐づけた。家計簿アプリを日々立ち上げる癖はついていた(クレジットカードの支払い日前に各口座の残高確認をしていた)ので、すぐに「あっ、私は株をやっているんだ」と実感した。株価の変動と共に、資産が上下するからだ。

この時、私は「資産の価値が変わること」を少し理解した。私は毎朝証券口座のアプリを見るようになった。「おっ、今日は値上がりしている」とか、「げっ、どんどん下がっていくんだけど、いつ下げ止まるんだろう」とか、考えるようになった。

ついでに「何で今、この株は買われ/売られているんだろう」とも考えるようになった。最初に驚いたのは、ゴールデンウィーク前に株価がドドッと下がったことだ。はっきり言って何が起きたのかさっぱり分からなかったが、理由はシンプルだった。ゴールデンウィークの休暇中、市場が閉まるからだ。休暇中に何かあった時、市場が閉まっているとすぐに売ることが出来ないので、リスクヘッジとして株を売る人が増えるらしい。

恋人と株式投資は、どこか似ている。手放すタイミングって大事

株での失敗は少し、恋人に似ていた。

何となく企業イメージが良いからという理由で買った株の株価が、じわじわ下がった。あれよあれよという間に下がっていって、気づいたら買った時の半値になってしまったから、率直に「手放すタイミングを失ったな」と思った。こういう株のことを「塩漬け株」と呼ぶらしい。名前まで付いているのだと知って、「みんな陥りがちなんだなぁ」と思った。塩漬け株を出さないために「損切り」をやるのだけれど、これが難しい。損切りのタイミングを見極めて、手持ち資金を最大限運用していくのは難しい。

付き合った彼氏が、最初はいい人だと思っていたのに、どんどん物足りなくなっていって、「あれ私、なんでこの人と付き合ってるんだっけ」って思う感じと似ている。一緒にいるうちに何か変わるかなと思って一緒にいても、付き合い始めの頃のようには戻らない感じと似ている。相手が誰もいないよりは誰かしら相手がいるだけでマシな気もするけれど、もしかしたら早くお別れして、一緒にいる時間や気持ちを他に回した方がいいのかもしれない…とか思う気持ちと似ている。

今は、「何故今その銘柄を買うのか」、考えて株を買うようにしている。配当目当てなのか、株主優待目当てなのか、売買差益目的で買うのか、最低でも目的を決めて買う。あとやっぱり「損切り」のタイミングにはどんどんシビアになっていく。

投資するものが違うだけで、恋人と株式投資はどこか似ている。恋人との付き合い方に、株式投資の基礎的な考え方は活かした方がいいのかもしれないと思うこともある。

まだよくわからない。でも、資本主義の恩恵を受けていることを知った

「私には資本主義がわからない」。

私はこれまで生きてきて、本気で金に困ったことが一度もない。「金に困らないようにしよう」と、用心していたわけでもないのに。学生時代のアルバイトさえ、金のためではなく「社会経験のため」にやっていたのだ。社会人になるまでは親の金、社会人になってからは自分の金で、不満なく生きている。
それだけで、「ああ、こういうのを既得権益って言うのかな」と思った。何もせずに得をしているというだけで、おそらく何か悪いことをしているというわけではないのだけれど…。

でも今は、少し変わった。
株式投資を始めて2年が経ち、読み飛ばしていた新聞の経済面にも目を通すようになった。自分の保有している株と関連のありそうなニュースが目に飛び込んでくるようになった。「日経平均株価は――」、毎日聞こえるあの抑揚が、ちゃんと自分ごとのように聴こえるようになった。

「資本主義をわかったか」と訊かれると、違う気がする。正直まだよく分からないところがある。ただ、何となくのバランス感覚で、自分が「資本主義社会の恩恵を受ける側に立っていること」を感じる。そしてそのことに、「自覚的であるべきだ」と感じる。