ヒーロー気分とは違う。レジ袋有料化で考えた、大人の地球のまもり方

私が小学生だった頃、地球温暖化について作文を書いたことがある。
学校で与えられた宿題だから、もちろん結論は決まっている。地球温暖化を防止するため、エコバッグを持ったり、エアコンの設定温度をゆるくしたり、車よりもバスや電車を使うようにする。
そういうことを並べて、大切な地球をまもろう、と締めくくるのだ。
そうして、エコをちょっと心がけて、自分でできる範囲のことをしていた。ヒーローにでもなったようなくすぐったい気持ちがなつかしい。
地球について考えたのは、その時が最後だったような気がする。そこからはひたすら自分のことばかりを考えて、日々を過ごしていた。
最近になって、レジ袋有料化が始まった。
マイバッグを持つ方が得か、買う方が得か、そういう議論が交わされているのを見たのが目に新しい。
そうして、私は気づいた。
大人になると、環境にやさしいからエコバッグを持つのではなくて、お金がかからないようにするためにエコバッグを持とう、そういう動機づけがあるということに。
実際問題、環境について考えることは、とても難しい。あまりに規模が大きいことがその理由だ。身近なようで、全然身近じゃない。
あの頃はどうしてあんなにも、必死になって地球温暖化を止めなきゃ!と考えられたのだろう。
私たちは子どもの世界を、狭いと考えがちだ。けれども、遠くにあるはずのものを、ぐっと引き寄せて自分の世界に取り込む力は、大人よりもずっとあるのかもしれない。
レジ袋有料化の意図は、プラスチックゴミの削減、海洋プラスチック問題にある。
しかし、そんなこと、どうでもいい、と思った人もいたのではないだろうか?
現に私がその1人だ。
レジ袋を1枚3円で買わなければならない、これを10回繰り返せば30円、100回で300円……そう計算して、エコバッグを持とうかやめようか、そう考えた人もきっといるはずだ。
だからむしろ、環境問題を、レジ袋、なんていう生活レベルの話に噛み砕いて策として打ったのは、わかりやすい上に取り入れやすいと感じた。
ある程度強制力を持っているのも良い。
そして環境をまもりたい人々と節約がしたい人々で、利害が一致している。
今回の件で環境について考えるきっかけにもなっただろう。ニュースではレジ袋有料化と絡めて環境問題について取り上げているのも目にした。
子どもの頃に考えていたような、純粋な理由で、地球について考えているわけじゃないけど、大人には大人の、地球のまもり方があるものだ。
私はエコバッグを持って買い物に行く。かけがえのない自分の生活を守るために。そしてついでに、地球にもお財布にも、やさしく在るために。
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