「大人になる」と一般に言われるプロセスは、固まっていくプロセスだと感じる瞬間がある。葉を伸ばす方向や光のある方を見極めて逆戻りできない成長を続け、周りの木に負けない高さに到達することで光を得たり、外部から攻撃されても死なないくらいに強度を増したり。

「標準」という刃を握った、血みどろの生存競争人生

でもその実は、もともと備わっていた個性や能力を伸ばすのではなく、「標準」という刃を握らせては要らぬ戦闘に参加させ、血みどろの生存競争人生を歩ませるための過程に過ぎないのかも知れない。

『ビリー・アイリッシュのすべて』を閉じて背表紙を見つめながら、しばし呆然とした。この人は、せまい花壇に撒かれることを免れて、一人で大草原に根をおろし芽を出して誰よりも早く大輪を咲かせた花だ。その根は強固すぎて誰にも摘み採れやしないし、第一誰も立ち入れない。神秘性と美しさに多くの注目と羨望が集められる。

2020年度グラミー賞最年少受賞、しかも総ナメ。前例の無いほどのビリーの才能と活躍は、本書に紹介されているように両親が独自にカリキュラムを組み家庭で教えるホームスクーリング制度で育ったことが大きい。その他にも彼女の変わった特徴 ―-持病や貧困コミュニティでの過去など―-をその成功の裏付けにしようとする声も理解できる。

だけれども、それだけじゃない。ビリーに関して特に他のアーティストと決定的に異なっているのは、彼女の紡ぐメロディ、ダンスのステップ、奇抜だと評されるファッション、見せる笑顔の一つ一つが、群を抜くためにわざと奇を衒ったものでは決してなく、あくまで実直に丁寧に自分の感情を表現しているだけであるという点である。

オーディエンスを前提としていないビリーアイリッシュ

彼女の苦悩と成功の軌跡を読むと、ビリーアイリッシュはオーディエンスを前提としていないことが分かる。だからこそ、その脱力して気構えないスタイルに説得力があり、一見すると「拗らせ系」で括られてしまいそうな外見にも不思議な魅力が宿り、全てがただ彼女の純粋な才能を際立たせている。

アーティスティック、などというぺらっとした言葉では到底言い表せない。でもどこからどう形容しても完璧に「アート作品」なのである。若干18歳のビリー・アイリッシュの、そのすべてが。

私はふと、今から3年前、都内の居酒屋での場面を思い出す。

「アートって、その人の生き様だと思う。」

ビール片手にとろんとした目で熱く語るその人は30すぎの写真家で、何にも縛られず、気の向くまま好きなように世界中を旅して、好きなようにお酒を飲んで暮らしていた。貧しい家庭で育ち、高校には行かず15歳からモデル業を始めてパリコレにまでのぼりつめ、文字通り叩き上げで自分の道を切り開いてきた人だった。

自分なりに21年間冒険をして育ってきたと思っていた私はその異例の経歴の前では何も言えず、ただただ心からの羨望と焦燥感を抱いて冒険の数々に耳を傾けた。

私たちは「大人になる」というプロセスの中で、もともと備わっていたはずの感情の一瞬のきらめきや、言葉や理屈では説明のつかない感覚を、無自覚に、あるいは自ら捨てていく。

型にはまって窮屈に生きる、すべての人に捧ぐ

6歳から始めた美術で表現の面白さに目覚めた私は、高校までに身体表現や舞台芸術にも興味を広げ、夢中だった。その後、紆余曲折を経て結局美術大学進学を断念し総合大学に進みめでたく”エリート街道”に乗ったという過去の意思決定が、「本当にここがお前のいる場所か?」「金と安定に魂を売ったのか?」といつも私を責めていた。

私は自分の感性を自分で捨てたという自覚がある分、それを温存しながら生きて成功している例を目の前で見るのがとてもつらくて、悲しかったのを覚えている。

でもビリーの快進撃を見ていて、今度は不思議とその焦燥感を感じない。湧いてきた感情は、むしろその逆だった。本書の中で、ビリーが作品の背後でいかに丹念に人生と向き合って繊細な感情を表現に昇華しているのかを読んで、妙に腑に落ちた自分がいた。

「”怖い”とか”気持ち悪い”って感情がはっきり生まれるのって10歳くらい。何かをちゃんと理解し始めるのもその時期。だからみんな、10代の頃にいろんな感情を体験する」

『ビリー・アイリッシュのすべて』(Charles Conway/大和書房)112p

大人に全く真剣に取り合ってもらえなかった13歳頃までが一番辛かったというビリー。たくさんのことを見聞きし感じている子どもに対して、社会はいつでも「早く大人になること」や「聞き分けの良さ」を強要し、彼らと同じ決まりきった型通りの言葉でしゃべらなければ耳を貸す態度すら見せない。

でもきっと、だからこそ芸術があり、詩があり、音楽がある。

言語化しきれない感情を、小さい頃から息を吸うように、水を飲むように、音楽や詩を用いて忠実に発信してきた彼女。ダンスや歌という自分だけの「言葉」でしゃべり続けるビリーは、誰しもが型にはまって窮屈に生きる中で抱える感情や感性にダイレクトに語りかけてくるのだと思う。

そんな彼女が世界で支持され評価されている事実が私は心から誇らしいし、頼もしいと思った。ビリーに対しても、受け止めている全人類に対しても。そして何より、磨き守られてきた彼女の感性に自分の生き絶えたと思っていた部分が共鳴できていることが嬉しいと感じるのだ。

結局、自分の使命を自分の言葉で懸命にしゃべっていればいい

結局、場所やカテゴリーなんてどうでもいいのだ。例え今いる場所がスポットライトの中じゃなくても、握っているものが絵筆ではなくても、 自分に与えられた使命と信念にしっかり向き合って、困難を厭わず、持てる限りの全てをかけて実直に生きること。何をしていようと、自分の「言葉」でしゃべり続けることには変わりない。

決して説明的にではないけれど、彼女の軌跡を辿ることで確かに背中を押してくれた一冊だった。

つくづく、奥の深い18歳である。末恐ろしくも、私は怖いもの見たさでビリーの作りあげる世界を薄目を開けてドキドキ、見守っている。