図書館での勉強中、いつも視界の端には彼の背中があった

迫りくる大学入試に向け、ペンを走らせる。心中「もうちょっと時間があれば」と言い訳を唱えているあたり、受験に挑むというより、寧ろ逃避しているような気がしてくる。そんな高校3年生の冬。
絡まり合う糸のように乱雑な自分の筆跡に嫌気がして、ノートから顔を上げる。視界の左端には、焦げ茶色のセーターを着た背中があった。

通っていた高校は一般受験をする生徒が極めて少なく、教室で勉強をしていると目立った。頑張っている姿を晒して、落ちたりしたらカッコ悪い。そんな自意識がはたらいて、休み時間になる度、参考書や問題集を抱えて図書室へ走った。
図書室にはいつも先客があった。並べられた長机の一番左奥の席。猫背になって勉強している男子が1人。その背中からできるだけ対角に距離を取った席に着し、勉強を再開した。

高校1年生の時、彼からLINEのメッセージが送られてきたのを機に、他愛のないやり取りをするようになった。
彼は友人が多く、学校行事のリーダーを買って出るタイプの生徒で、何かと目立つ存在だった。
友人伝えで、彼が私に好意を持っているらしいと耳にした日には、平静を装いながらも内心飛び上がる思いだった。異性とのコミュニケーション。恋愛関係数歩手前のやり取り。確実に彼を意識するようになった。

ベストカップルとして彼の左手の先にいるのは私もよく知るあの子

それから半年が経過した頃、頻繁に来ていたメッセージが突如止んだ。友達でも、クラスメイトでもないのだから、ただの同級生。本来の距離に戻っただけのことだった。「最近は来ないな」と寂しさを自覚したって、もう遅かった。

寂しさを後悔に変えたのは、それから数か月後、文化祭の後夜祭での出来事だった。
お祭りムードにほろ酔いした生徒たちが体育館に集う。有志のバンド演奏やダンスのステージなど、様々な催しが行われる。プログラムが進行するにつれて、ある疑問を抱く。
彼の姿がどこにも見当たらないのだ。自由参加とは言え、学校のムードメーカーである彼が参加していないはずがない。
彼はどこへ行ったのだろう?

イベントに集中して、募る違和感をかき消そうとした矢先、壇上に彼が現れた。でもそれは、私が思ってもみなかった形で。
ベストカップルコンテスト。
壇上の彼は女子生徒と手を繋いでいる。それは、彼が私にメッセージをよこさなくなった理由に違いなかった。
ショックだった。彼に恋人がいるからではない。彼の左手の先にいるその人は、私と同級生の、同じ部活の女子だったからだ。
彼が好意を向けるのは、特段私でなくてよかったらしい。私と同じ部活の、凡そ同じ系統に振り分けられる女の子ならよかったらしい。より魅力的な女の子がいれば、好意を断つなんて容易いらしい。そもそも、私に好意があるということだって、捏ち上げだったのかもしれない。目の前の現実は、そう語っているように思えてならなかった。
彼が、私やあの子や、もしかしたら他の部員ともやり取りしていた可能性が過り、胸の内で感情が入り混じった。
ハッ。乾いた笑いが零れる。
体育館内にいる誰しもがベストカップルに拍手し、冷やかし、祝福する。泥に沈むような気分に暮れていたのは、きっと私だけだった。

卒業前彼から突然のDM。過去にもらったどのメッセージよりも心躍る

その後、彼らはあっという間に別れてしまった。後夜祭のベストカップルについて、誰も話題にしなくなった。
それでも、彼から私にメッセージが届くことはなかった。

時は流れ、大学入試の日程がすべて終了して、卒業式を待つのみとなった。
試験が終わったらやりたいことをあれこれ考えていたのに、いざ勉強を手放すと、何をしていいのか分からず呆けていた。燃え尽き症候群というやつかもしれない。
暇を持て余し、約1年ぶりに、Twitterをインストールした。勉強中に疎遠になっていた同級生と交流できて楽しかった。封じていた時を遡るようにタイムラインをスクロールしていると、同級生からいくつもの「お疲れ様!」コメントが届く。DMにもメッセージが届いた。
「受験、お疲れ様!」
彼からだった。彼も、図書室で勉強していた私を気に留めていたのかもしれない。
嬉しかった。以前、彼がくれた幾つものメッセージよりも、ずっと。
「お疲れ様!メッセージありがとう」

彼のことが好きだったのかどうかは、色々な私情や都合が交錯し過ぎて、よくわからない。
誰が誰を好きとか、ベストカップルとか、解き方のわからない感情の糸。
ごちゃごちゃに絡まり合うそれらからは一旦、目を逸らして。余白にペンを立てる。
たぶん、私だけが知っている図書室の背中。そんな自惚れの1つくらい、ここに留めて置いてもいいですか?