単刀直入に申し上げると、私は男性を学歴で見ている。
高校1年で中退し、高卒認定試験をパスして専門学校に進学するも結局辞めてしまった私には、激しい「学歴コンプレックス」がある。
高卒認定試験って難しいんでしょ?なんて言ってくれる人がいるが全くそんなことはない。高校1年生程度の学力があれば受かる。高卒には遠く及ばない。
私には二次関数も微分積分もわからない。歴史も知らない。本はよく読むけれど古文も漢文も全く読み解けない。
とにかく学力は散々なのだ。

だから、私は相手に学力を、学歴を求めてしまう。
男の人と知り合うと、私はできるだけ早い段階でその人の学歴を知りたいと思う。年収よりも、断然学歴が気になる。
どこの大学を出ているの?それとも院卒?高卒は論外だ、全く相手にしないと決めている。
こんなにも学歴にこだわる女だから、最近では5分も話せば相手の学歴のレベルがわかるようになってきた。

高学歴の男性と付き合うと、コンプレックスをやさしく撫でられるよう

高学歴の男性と付き合っていると、私は満たされるのを感じる。会話は知的で、無駄がない。リズム良く、静かにすすみ、心地よい。
なにより、私は全然悪くないんだ、対等に話せているんだ、そう思わせてくれる。コンプレックスを、やさしく撫でられるような感触があるのだ。

私は今、私の願望を叶えるだけの学歴を持った男性と暮らしている。
この生活が続いていけば結婚するだろう。
それでも、最近考えてしまうのだ。この人と生きていくことが、本当に私の幸せになるのだろうか?と。

私は少し前から数学の勉強を始めた。本当は中学すらまともに通っていなかったから、そのレベルからのスタートだ。
彼が、やってみたら、と参考書をくれたのがきっかけだった。
勉強は苦しい。こんなに苦しいとは思わなかった。みんなこれを解いて、当たり前のように通過してきているのだ、そう思うと涙が出てきた。
でも着実にできることが増えていくのは嬉しいことだった。

学歴は努力の証。私は学歴が象徴する「努力」を求めていたのかも

彼は文句なしに頭が良い。わからない問題をやさしく紐解いて見せてくれる。ゆっくり、根気よく付き合ってくれる。
勉強にたくさんの時間を費やしてきたのは明白なことだったのに、それが身に染みてわかった。
私はそのことが、本当のことを言うとたまらなく憎らしかった。なんで出来るんだよ、なんで分かるんだよ、そう思わずにはいられなかった。勝手な考え方なのはわかっている。でも私は悔しかったのだ。自分がなんの努力もしてこなかったことが、そのことからずっと目を逸らして生きてきたことが。
学歴は努力の証だ。私は何の努力もしたことがない。私は学歴が象徴する「努力」を求めていたのかもしれない。

なぜ彼と対等に? 自分が頑張ったと思えたら、私は私を許せるのか

それからというもの、彼と話せば話すほど、彼との間に圧倒的な差があることを痛感している。
なぜ対等に彼と話ができていると思っていたのだろう?私は頭が悪いのに。彼にふさわしい相手じゃないのに。
そう心の中の声が、何度も何度も響いてくる。
数学の問題は解けたり、解けなかったりして、すぐには進まない。泣きながら問題を解く私に、彼は、やめてもいいんだよ、またやりたくなったらやればいいんだし、そう言った。それもそれで、私は嫌で、悔しくて、それでも解けなくて、その繰り返しの日々を送っている。

私に解ける問題がもっと増えていけば、自分が頑張ったと思えたら、私は私を許してあげられるのだろうか。そうしたら、彼と幸せになれるのだろうか。
答えは出ない。答えはまだ出せない。
頭の悪い私は、まだしばらく考えなければならないだろう。
高校中退の私が、高学歴の男性しか愛せない、ということについて。