仕事をやめ、意気揚々だったけれど。家に籠って、妄想する日々に

わたしは絶望するのだろう。

2年続けた仕事を諦め、

一般社会から退散した春。

わたしにしかできない、なにか

大きなことを!と、意気揚々に

“覚悟” をしたにもかかわらず、

そこからしばらく、家に籠もっていた。

わたしは絶望するのだろう。

自分ができそうな仕事も見えず、

続きそうなバイトも見つからず、

ただ、ひたすらに妄想する日々。

だから、自粛期間はありがたかった。みんな家にいる。私だけじゃない。罪悪感もあまりない。

わたしは絶望するのだろう。

自粛期間が終わると、世の中が再び動き始めた。

同時に、少し焦り始めた。

「わたしになにができるだろう」

今考えるとなんでなのか、

無意味に強がって

失業保険ももらわずにいた。

お金もない。貯金を切り崩しながら生活する。

実家にいることだけが救いだった。

どうしたらいいのか。なにもしていない、できようとしていないのかも

わたしは絶望するのだろう。

私は電車に乗れないから、家でできるお金稼ぎを始めてみた。

けれど、どうしたらいいかわからない。

文章も中途半端、

動画編集のセンスもなし、

はたまた、プログラミングとは。(諦めたではないか)

わたしは絶望するのだろう。

こんなになにもできないとは、

いや、わたしはまだなにもしていないのかもしれない

なにも、できよう、としていないのかもしれない。

最初からうまくいかないことだってある

わかってる。

わかってるさ。

だけれども、

がんばらずとにも、生きていける人たちは

一体、どう考えて過ごしているのだろうか。

世界がどんな風に見えているのだろう。

わたしは一体、なにができるんだろうか。

自分を見失ったのかも。あなたは笑うだろうか、呆れるだろうか

わたしは完全に、自分を見失ってしまったのかもしれない。

「生きているだけで、えらいことだ」と、誰かわたしに言ってくれ。

わたしはなにもできないけれど、

晴れた空を見ているだけで幸せなのだと

澄んだ青空に浮かぶ、雲の流れを追っている時間が

その時間が私の中に存在するだけで、

それだけでもう幸福なのだと私が言ったら、

あなたは、笑うだろうか。

そんな思考回路で、

よくそんなに何者でもなくて、

よくそんなに幸せに生きていると、

呆れるだろうか。

だけど、わたしは、

だから、わたしは、

人に優しくいようと思う。

だからお願い、

なぜそんなに何も持っていないのに

なぜそこまで人に優しくできるのかと、

なぜそんなに素晴らしいのだ、と、

誰か、わたしに言ってくれ。誰か、わたしを褒めてくれ。

わたしは絶望するのだろう。

これから先の虚無感に。

わたしは絶望するのだろう。

なにも変わらない世の中に。

わたしは疲弊するのだろう。

刻々と変化する世の中に。

だけど、わたしは、

だから、わたしは、

残酷なほどに歓喜するのだろう、

生まれたときから永久不滅の

まわりの愛情と幸福に

押し潰されそうになりながら。

この愛に気づいたとき、

わたしは、絶望に打ち勝てる。