今、自分の身の回りで起きている日常に疑問を持っているだろうか? いや、疑問を持って生きているだろうか? 

日々私は、そのように自分に問いかけ続けている。なぜなら、所属しているゼミの教授が「日々に疑問を持って生きなさい」とよく言うからだ。つまり「『おかしい』と気づける力をつけなさい」ということだ。

メディアの情報によって「おかしい」を知ることができる

そうはいっても大学生の私には、それがとても難しかった。私の周りで起きる日常は、“当たり前”で“こういうものなのだ”と、頭に植え付けられているからである。

だが、明るみになっているものは、私も「おかしい」と気づけることができる。TVで放送されるニュースや新聞、インターネット上のメディアの情報によって、“おかしい”を知ることができるのだ。

私がこのエッセイを書くことになったきっかけは、“医学部不正入試問題”である。2018年の文部科学省汚職事件によって、東京医科大学の不正入試が明らかになった事例のことだ。「そういえばこんなことあったなぁ」と、たまたま思い出したのがきっかけだ。

この事例について、インターネットで深く調べていくと、Web上のどのメディアにも“女性差別”について多く書かれていた。確かにこの事例は、“女性”であるだけで入試の点数を一律に減点されていたので、人生を棒に振ってしまった人や夢を諦めなければならない人を出してしまったので、当然といえば当然である。

私自身も女性なので、Web上の記事を読んでいてとても悲しくなった。そのうち「女性差別は良くない!酷い!」と強く思うようになっていた。

教授が「疑問を持って生きなさい」と教えてくれたから気づけたこと

しかし、ここで私は“女性差別”があるならば、“男性差別”もあるはずだと思い、検索してみるとあった。私が“男性差別”の可能性に気づけたのは、教授が私に「日々に疑問を持って生きなさい」と教えてくれた結果である。

私の予想通り、実は明るみになっていないだけで“男性差別”も存在していた。このとき、なんで私が、私たちが、日常に疑問を持ちにくいのかがわかった気がした。偏りすぎているのだ。何事においても。それ故に広い視野が持てなくなってしまい、日常の疑問に気づきにくくなっている。

そう、私たちが普段目にするメディアの情報は、偏ったものが多い。医学部不正入試問題は、確かに女性差別に当てはまり、強く非難されるべきものだ。

しかし、それで終わってしまっている。医学部不正入試問題は、メディアが“女性差別”であると大きく取り上げ、世に示したおかげで改善されつつある。だが、それで終わり。“男性差別”が、明るみになる日はまだ遠い。

「メディア」の存在は大きいからこそ、変わっていって欲しい

私は、メディアが流す情報の内容をもっと広げて欲しいと思った。男性差別もあるんだと、気づいていない人に気づいて欲しい。日常を広い視野で、見つめるきっかけになって欲しい。

そして、男性・女性という2通りの分け方に、自然と疑問を持てる環境になっていって欲しい。

情報の伝え方が変わっていくことで人は、自ら考え、“日々に疑問を持つこと”ができるのではないのだろうか。

メディアという存在はとても大きく、メディアが提供する情報は、私たちが生きる上で大きな力になる。だからこそ、変わっていって欲しい。