髪を切る時は、へらへら笑って「なんか良い感じにしてください」

ロングヘアは私にとって"普通の女の子"でいるための一つの武器だった。緩くパーマをあてた茶色の髪、オフホワイトのニットに花柄スカート、脚が綺麗に見えるストッキングに5cmのヒール、それさえあれば私は"ちょっとおしゃれに気を使っている女の子"として扱われた。外側を繕ってしまえば中身が伴わなくても周りは気づかない。甘いものは得意じゃなくて、流行りのスポットに行くのもインスタも好きじゃない。休みの日は家で本を読むかネットサーフィンをしたい根暗でも見た目さえ整えていればバレることはなかった。変わっているとバレるのが怖かったし、何が好きなの?と聞かれるのも嫌だったから、女の子の好きそうな花柄のアイテムを持ち、カフェでは一番人気のメニューを頼む、そんな主体性のない人間だった。

なりたい自分はあったけれど、人と違うことをする勇気はなかった。悪目立ちするのは怖いし、センスだって自信がない。着る服も髪型もメイクも雑誌の真似をすれば楽だし、ハズレない。なにより元がだめでもそこそこ可愛くなれる。それでよかったし、それがベターだと思っていた私は、髪を切る時はいつも「なんか良い感じにしてください」とへらへら笑って頼んでいた。自分の姿形がなんであろうが、中身を見てもらえることなどどうせないのだからと諦めていた。

失恋で、もうどうだってよくないかと好きに生きることにしたのだ

そんな私がバッサリ20cmも髪を切ったきっかけは失恋だ。今時古臭いほどの女々しさだけれど、姿形を普通にしたって結局恋、叶わないんじゃないか!とヤケクソになった私は勢いで今までずっと我慢してきた憧れの髪型にすることにした。「髪の毛が短いとハネる」「ショートは美人にしか似合わない」「顔の輪郭が綺麗じゃない人は向いてない」そんな言葉を耳にしてきたのは何も私だけじゃないだろう、何かにつけて嫌なことを言う人はいつの時代だっていて、それが心のささくれみたいに残って一歩が踏み出せない人間はいる。選ばれし者だけができる髪型、素材がよくないとできない髪型、一生縁がないのは分かっていたけれど街中でショートヘアを見かける度に可愛いなと目で追っていた。どんな人になりたい?と聞かれたら黒髪ショートの女の子がいつも頭の中には浮かんでいたけれど、それは私じゃなかった。だって私は、美人じゃないから。

でも、そこそこ普通の女の子になろうとした今の自分でフラれてしまうならもうどうだってよくないかと好きに生きることにしたのだ。私は長い髪を切る代わりに大きなワクワクと私を好きな私を手に入れた。

隠れていた自分のことが今までよりよく分かって、前向きになった

黒髪ショートは好評だった。単純に見慣れない姿だったからかもしれないけれど、可愛いね、似合ってるよ、の言葉を知り合いにもらえて単純な私は機嫌が良くなった。機嫌が良くなると失恋したことなんてどうでも良くなる。今度は新しい髪型に似合う服を着てみたくなった。花柄のスカートじゃなくて、好きな色のスラックスだ。髪が変われば服が変わり、服が変われば小物も変わる。外側が丸っと別人みたいになった私は振る舞いも今までとは少し変わっていくのを感じていた。自信が付いた。もう私は"普通の女の子"じゃなく、"私が好きな私"だ。私が好きな私は、静かなカフェで本を読むのが好きで、朝の散歩が楽しみ。お気に入りの雑貨屋をじっくり見るのが好きで、人混みはそんなに得意じゃない。隠れていた自分のことが今までよりよく分かるようになって、前向きになった。

ありきたりな話だと思うだろうか、髪型ひとつで何をそんな、と思うだろうか。だけれども、意外と自分で自分を縛ってしまっていることは多いのだ。私は私が好きな髪型になることを許したおかげで毎日かなり楽しくなった。好きなことをして生きるのは楽しい、その始まりは美容院でいつもと違う髪型にすることなのかもしれない。