「一度も染めたことのない黒髪」は価値がある。安易に茶髪に走らない女の子は、どこか特別。

そういう言説を信じているのって、ずっと上の世代の人とか、女の子(の処女性)に夢を見ている人とか、正直あんまり尊敬できない人たちだった。だけど私は、黒髪でいることになんとなく誇りを持っていたと思う。ちょっと若すぎた、10代の頃は。

私のことをなめている。今のままの自分でいることがつらくなった。

ハタチくらいから、人になめられているなあと、自分を客観視するようになった。バイト先の店長から、コップをひとつ割ったことで、夜の21時から深夜1時近くまでずっと怒られるということがあった。店長は、私を叱りつけるあいだ、日本酒を飲んでいた。私は店長の発する音だけ聞いて、人格否定っぽい言葉はすべて聞き流した。それでも、いくつかの言葉は耳に入ってきてしまったし、酒を飲むついでに死ぬほど怒られるというのはとてもきつかった。バイト仲間から、「子どもみたいな見た目だから、自分の子どもにやるように怒ってしまったのでは」と言われた。この人は一体、なにを言っているのだろう。そのバイト先はやめてしまった。

同じころ、カウンター席の喫茶店に行ったとき、なにもしていないのに、隣に座った知らないじいさんから、「あんたは要領が悪そうだ」といきなり言われた。私は「は?」と返した。じいさんは「は? じゃないだろ」と怒った。水をかけてやろうと思ったが、あいにくコップの水は飲みほしてしまったのでカラだった。

そんな経験をしたせいで、楽しいはずのハタチのころ、私はある妄想に取り憑かれていた。世界中が全員、私のことをなめている。今のままの自分でいることがつらくなった。

弱い心で強い髪だけ手に入れるのって、ださくないか?私は悶々としていた

私はこんなに、反骨精神をごうごう燃やして生きているのに、それが自分の見た目からは、相手にまったく伝わっていないだなんて! 一見、反論しそうにないから、他の人よりも言いたい放題言われるし、何も知らない馬鹿な子どもだと思われている。なにか、目に物見せてやりたい。彼らの度肝を抜いてやりたい。ちょっと圧をかければ、私はコントロールできるものだと思われたくない。どうすれば、伝わるのか。

ぐるぐる、ぐるぐると考えていた。やっぱり、変わりたい。どんなふうに変わればなめられずに済むだろう。仲の良い子に、どうすればいかつく見えるか、アドバイスを求めた。
「やっぱり、髪じゃないの」
そう言ったのは、黄色に緑やピンクの混じった、クレヨンで自由に描いたような髪をもった女の子だった。
「バキバキに染めたらいいよ」

たしかに、この子にだるい絡み方をするやつは、なかなかいないだろう。一筋縄ではいかないオーラを放っている。でも、こうも思った。彼女のすごさは、髪がかっこいいからだけでなくて、内面から沸き立っているものなんじゃないの? 

私は、彼女のような髪を自分が持つということが急に怖くなり、たくさん言い訳をした。べつに黒髪にこだわりなんかなかった。だけど、離れて住む親や、なにか言ってきそうな男たちの顔が浮かんで、ちょっと身がすくんだ。私は、自分ではギラギラしていたつもりだったけれど、彼女ほどは強くなくて、弱かった。

「まあ、行こうや」

結局、美容院に連れていかれた。弱い心で強い髪だけ手に入れるのって、ださくないか?私は悶々としていた。

今の自分らしい、すごくいいヘアスタイルだと思った

「どうなりたいですか?」

私の担当をしてくれた美容師さんはカウンセリングをしてくれた。どうなりたいか、なんて、自由に言ってもいいのだろうか。

「なめられたくないです。でも、それだけの理由で染めるというのも、それはそれで負けた気がするんです」

 バカ正直に言ってしまった。私だったら、こんな相談を受けたら正直ダルい。抽象的すぎるし。でも、美容師さんは、こんな提案をしてくれた。

「じゃあインナーカラーやりましょう! そんで内側だけ赤くしましょう!」

あれよあれよというまに、私の髪は上半分と下半分に分けられて、下半分が染められていった。結果、表面の髪は黒いままに、髪をアップにすると赤色が見えるというヘアスタイルになった。赤は、これまで染めたことがなかったせいで真っ赤にはならず、紅葉みたいなちょっとくすんだオレンジになった。私はそれがすごく気に入った。今の自分らしい、すごくいいヘアスタイルだと思った。

赤色がいつも、私を少しだけ強く見せてくれた

それから今までの人生は、正直よく覚えていない。やばい店長も、やばいじいさんも、もう私の人生にいないからだ。あれほどのやばい人たちと縁がなくなったのは、単に歳をとったからなのかもしれないし、インナーの赤色がお守りとして厄をよけてくれたからなのかもしれない。真偽のほどは分からないけれど、私はあの髪になってからの自分はとても好きだった。赤色がいつも、私を少しだけ強く見せてくれた。

今は黒髪に戻りつつあるが、ハタチの頃と同じ悩みは抱えていない。もしまた行き詰ることがあったら、今の自分に合ったヘアスタイルを、もう一度探しに行きたいと思う。