わたしと彼は今、離れて暮らしている。
わたしには面倒な疾患があって、調子を崩したのだ。異変に気づいたのは、わたしではなく彼だった。
「ねえ、最近元気すぎない?」
「仕事、ちょっと控えて休んだほうがいいよ。今だって、ほら泣いてる」
わたしは今月、社会保険に入ったこともあり、エンジンをかけるように、仕事を詰め込んでいた。
アルバイターという劣等感、精神疾患を持つわたしが22歳にもなって継続して仕事をしたことがないということへの自信のなさ。そこから、働かなければ、という焦りがわたしの気持ちをいつも急かしていた。
「実家、帰ってもいいんじゃないかなあ」
そう言ったのは彼だった。

二度と彼と暮らせないかもしれない。そう思って家を後にした

わたしと彼は、半年前から一緒に暮らし始めた。おだやかな生活だった。
彼が料理を作り、それを2人で並んで食べ、わたしが片付けをする。
積み重なった食器を、洗う気力を喪失してしまうほどわたしは消耗していていた。
それを見かねて、彼が声をかけてくれたのだ。

実家に帰るのは簡単なことだった。
電車に三十分揺られればそこにはわたしの生まれ育った場所と家族が待っている。
わたしは彼の提案を受け入れ、仕事の頻度をもう少し減らすことを約束して、家を出た。
彼はわたしのことをとっくに好きではなくなったのだ、という気持ちが、当たり前のようにそこにあった。わたしはもう、二度と彼と暮らせないかもしれない、この先に待っているのはきっと別れだろう、そう思いながら少し多めに荷物を持って、彼と住む家を後にした。

わたしの弱さを受け入れてくれる、唯一の人がいること

「好き?」
「うん」
彼は好きとは言わない。わたしはすでに泣いていた。どうして好きって言わないんだろう、そう訊ねる勇気がわたしにはない。
「会いたいとは思わないの?」
「思ったところで、今きみは休むべきなんだよ」
彼の言葉はいつも正しい。それは時にわたしを苦しめるけれど、わたしを救ってくれることの方が多い。
彼とは連絡を控えている。時々LINEを送って、声を聞く。仕事に疲れて、どうしようともなくなった時、わたしは彼のことを思い出す。
2人で住んでいるはずだった場所に、彼が1人で暮らしていることを思う。
わたしの胸は苦しい。でもその苦しみは、限りなく続く幸福に、打ち震えているのだった。

「元気?」
電話越しの彼の声は少し酔っていて、それでも電話をすると、必ず聞いてくる。
「元気だよ」
元気ではなくても、そうとしか答えられないわたしの弱さを彼は確かに知っている。
「元気じゃないのわかってるよ。ちゃんと休んでね。仕事、しすぎないように」
彼の言葉はやさしい。しみ通るように、わたしの心に響いてくる。
「また電話するから」
彼との電話は二十分にも満たない。それでもわたしはスマホを握りしめながら泣き、次の日休みます、と職場に連絡を入れた。
わたしの弱さを受け入れてくれる、唯一の人がいることが、わたしを確かに救っていた。

離れていても、共に生きているのだ

一緒に暮らしていた人と、離れてしまうということ。
そこにはとてもネガティブな意味合いが付きまとう。
それでもわたしと彼は、今適切な距離で接しているのだ、共に生きているのだ、と確信できる。
わたしたちのことを、人は幸せだとは呼ばないかもしれない。
それでもわたしは彼のことが好きだし、きっとまた一緒に暮らすだろう。実家に帰ると、余裕が出てきたのか、そう思えるようになった。今は、ゆっくりと暮らしている。