「お願いだから『ふつう』でいてくれ」と、娘の幸せを願う心配性な母と、「『ふつう』ならこのくらいできる」が口癖の父のもとでわたしは生まれた。
できないだらけのわたしは何なのだろう。
恋愛でもいつも上手くいかない相手ばかり選んできた。

言葉を使うけど意味もわからない猿。別れ話のあと彼はわたしに言った

つい最近、そんな自分と決別しようと、恋愛関係にあった人に最後のお別れの挨拶をした。その人がいうにはわたしは猿らしい。「言葉を使うけど意味もわからない猿だからな」と言われた。彼氏が出来たからもう会いません、と言っただけなのに。
一貫性がないところとか、言葉を字義通りにしか受け取れないところが、猿らしかった。彼に指摘された性格のことをネットの検索にかけると、「発達障害」と出てきた。物忘れが激しい、かんしゃくが強い、自分勝手で一方的、じっとしていられない、約束を守れない、すぐに聞き返す……ぜんぶ親に注意されてきたことだった。直さなきゃ愛してもらえないのだと思った。
その人はわたしの一回りも上で、結婚していた。でも、好きだった。
彼は猿にたいして随分色んな親切を施した。猿が『ふつう』に生きていられるように。でも、猿は、今のままの自分を認めてほしいと思った。彼は言った。

「否定されたくないんだろ、自分が。でもされないための努力もしたくないんだろ」

この人は自分が否定されないための努力をとてもしてきた人なんだなと猿は思った。
(俺に認められたいのなら俺に都合がいい存在でいてくれ、と言ってるだけの気もした)

猿だ猿だと怒るけど、そんなわたしに魅力を感じていたのは誰だよ

二人は愛し合う気もないくせに、どちらもセックスしたくてしたくてたまらなかった。もうしないと言っただけで、あんまりにも猿だ猿だと怒るので、「猿にちんちんおっ勃ててたのは誰だよ」と思ってそのまま告げたらめちゃくちゃ怒られた。言わなくていいことをわざわざ言うところも、猿ポイントが高いらしかった。でも彼も似たようなところがあった。それを心底気にしてるようだった。
猿と言われて腹立つのはもはや猿に失礼かもしれないけど、それでも怒りは収まらなかった。日本人なのに「日本人っぽくない」と言われて「日本人なのに!」って悲しくなるあの感じに似ている。日本人ならば、日本人っぽい振る舞い、日本人っぽい顔立ちをしてないと生きていけないわけでもなかろうに。
他人に否定はされたくない、でもだからといって、今の自分を自分で否定したくない。

「わたしは猿から『ふつう』の人間になる努力をすべき?」
彼はきっとYESと答えるけど、本当にそうなの?わたしの欠点に魅力を感じて、そのちんちんは反応してるんじゃないの?

星野源も「夫婦を超えてゆけ」って歌っていたけど、なんで既存の枠から超えたがるのか。 なんでアメリカで黒人の女性副大統領が誕生したことが、『ふつう』を超えた話なのか。女性の副大統領がいることは『ふつう』ではない?
せっかちなわたしとしては、他人をどうこうするより、他人に何言われても平気な自分を確立したほうが早いな、とつい思う。こんなこと言ったらすべての何かしらの活動家の人に怒られてしまいそうだし、その人たちのやっていることの意義を認めたくないとかでは決してないけれど、『ふつう』について言うのも言われるのも、あなたは何の当事者としてその言説をわたしに?と訝しげに見てしまう。
そういえば、「わたしは『ふつう』って思える子は自己肯定感高い」とCLAMPがインタビューで話してた。

他人のはみ出し方に口を出す人間に、わたしは言葉の銃を取りたい

誰もがはみだすのを恐れてしまう、という意味で、誰にも語る権利があるはずなのに、「お前『ふつう』じゃねーよ」って目で見て来た人間たちもそれを語るのだと思うと、「他人のはみ出し方に口出す前にお前はお前のはみ出すことへの恐れの尋常じゃなさについて、エッセイでもなんでも書いてみろよ、書けねーなら黙れ」、と思う。思ってから、これ自分にブーメランだなと気付いたけど、思うもんは思う。わたしはわたしで、黙りっぱなしも損だし、言葉という銃を取ることを決意してみたけど、撃ち返される決意がないと『ふつう』 について語れないのも難儀な世界だし、とりあえず弾丸は抜いておくべきか、もしくは花や鳩が飛び出る銃でも携帯してそれっぽいお遊戯でも読者にお見せすれば満足なのか。

件の彼とはお別れしたはずなのに、一か月後くらいにしれっと「元気ですか?」って連絡が来た。「もう二度と連絡しないでください」と言ってきたのは彼のほうだったのだが、どういう腹づもりなのか。特に何も考えてなさそうだ。彼こそ猿じゃないかと笑った。
「ウキッ!」って返そうと思ってから、やめた。「ウキッ!って返そうかと思ったけど大人げないと思ってやめました!」とそのまま返したら見事にスルーされた。
わたしは彼に「あなたは猿じゃない、人間だ」と認められたかった。父と母が認めてくれなかった部分を、彼に愛してほしかった。
でも、彼にそうされる必要がもうない。否定ばかりしてくる彼に、わたしを愛してほしいとも思わない。
だってわたしは猿だから。