2020年、誰もが予想もしなかった未曾有のウイルスの影響で世界中が大きく変化する中、私の結婚への考え方や課題もおおきく変わった。

就職から数年間、恋人もできなかった。出会いを期待したけれど

小さいときは、なんとなく“22才くらいに結婚しよう”と思っていた。(小さいころは20才というと、とんでもない大人に感じていたと)
しかし実際20代になってみると、22才で結婚するなんて、ありえないとおもった。
4年生大学を卒業して就職したら22才。就職したばかりで、結婚なんてできる状況ではなかった。(そもそも彼氏がいない)

就職してからは、カフェでパソコンを見ているとき、ちょっとコンビニに出かけるとき、ランニングするとき、ジムに行くとき、些細な日常の行動でも、どこかしらで出会いがあって、運命の人に出会うんじゃないかと常に期待していた。
新しい部署に行くときは、お恥ずかしながら、この中の誰かと何かあったりして・・・と小さな期待をいだいていた。まあ大抵の場合、「あ、この人、結婚指輪してる」と気づいたり、同僚から彼女がいるという噂をきいたり、会社でふいに出る言葉づかいや仕事ぶりをみて、上から目線にも、「あぁ、この人は結婚するにはちょっとないな・・・」と思ったりして、徐々に”候補”がへっていく。

そんなことが数年もつづくと、結婚をする必要がないのではないかと思い始めた。恋愛に行き詰りすぎて、結婚という制度について、一から調べてみたりした笑。

”子供ができる可能性”を他人が期待する。それが前提の制度なんて

そもそも、どうして異性同士でなければならないのか?
異性と同性の大きなちがいというと、子供ができる関係かどうかということになると思う。でも、どうして”子供ができる可能性”を勝手に他人から期待されなくてはならないのか?
子供ができないことは生産性がないことだから、異性でしか結婚できないのか?そんな価値観を押し付ける制度に私はのらないぞと思った。

そもそも結婚には元々ネガティブなイメージもあった。
私は学生の時に母親をなくしている。その時、とても信頼していた人から「本当の親にはなれないけど、応援してるよ」と言われた。
本当の親ではないけど、そのくらいの気持ちでサポートするという良い意味でいったのかもしれない。しかし当時の私は、本当の母親がいないことなんて、自分が一番よく分かってるのに、その悲しい現実を、自身のことをこの世界で一番考えてくれる人がもういないことを改めて他人につきつけられたようで、とても悲しく、その言葉に怒りさえ湧いた。

それから、結婚することで、私のように孤独を感じている人に疎外感を与えてしまうのではと思うようになった。例えば、私が結婚したら、これまで私のことを頼っていた誰かが、私には家族がいるから、自分のことは“それ以下”の存在としてしか考えてくれないんだろうなぁと同じように思わせてしまうのかもと思った。

彼氏と出会って、気づかぬうちに結婚への考え方が大きく変わっていた

そんな私に、今年驚くことに彼氏ができた。コロナが始まる前にアプリで出会った。
本当に優しい人で、何よりも私のことを考えて、心から大切にしてくれる。
この人と出会って、気づかぬうちに結婚に対する考え方が大きく変わっていた。
結婚という制度にはまる必要もなく、パートナーでいるだけでもいいけど、二人に対する目に見える形もほしいと思うようになった。

結婚したいと思うようになったといったら、友人に「この前まで結婚なんてする意味がわからないといってたのに!(笑) そんな風に考え方を変える人に会えるのもすごいことだよね」
といわれた。

いま私にとって結婚とは、一定の事柄に対して国の特別な制度を使ったりできるもので、個人が自由に選択すればよく、その選択に優劣はないもの。(だから、異性だけができる現状については疑問はある)
メディアや社会によってつくられた”結婚”のイメージに、まだ縛られて結婚したいと思っている気もするが、別にそれで選ぶというのも、一つの選択なんじゃないかと思っている。

ただ、私が最終的に結婚という選択をとることになったときは、排他的にならず、結婚していない人たちとも”家族”になれること、家族と同等に大切にすることを身をもって証明していきたいと思う。
すでに気づかぬうちに二人だけの世界を作り出すことで、周りの人に気まずい思いをさせてしまったことがあった。これからは、結婚という制度に関してだけでなく、結婚したあとの在り方についても色々考えなければと思っている。