10代の頃私にとって男の子とは難解な生き物だった。
何を考えているか分からないし、遠回しに物を言うし、主体性がない。
シャイなのか、私が歩み寄らないからなのか分からないが、男の子という生き物は何も言わずに親切なことをして去ってゆく、千と千尋のカオナシのような生き物だと思っていた。

喋ったこともないのに、なぜ挨拶に来るの?

アルバイト先で推しの女性アーティストの話で盛り上がり「私、このCD持ってないんだよね」と言えば次の日くれたりする。
ネットの知り合いに「ライブのチケット取れないんですよね」と言えば送られてくる。
ライブ会場に行けばどうやら私とツイッターでフォロー関係にあるらしい男の子が沢山いて、挨拶にくる。一回のライブで80人くらいと顔を合わせるが、私の当時のフォロワーは400人ほどいたので、名前もアイコンも親しくしている女の子しか覚えていない状態だ。

彼らは自分が私に認識されていると思って挨拶に来るのだろうか? 400分の1として?
まさか、そんなに喋ったこともないのに? と不思議でならなかったが、せっかくわざわざ来てくれたのだから角が立つことはしたくない。取り敢えず誰か分からないが「こんにちは、今日は楽しみましょうね」というと、お菓子や飲み物をくれたりする。

そこに軽いジョークでもあれば和やかな雰囲気になっただろうが、その界隈にいる男の子は基本的にとてもシャイなので何も言ってくれない。喋ったら死ぬんかコイツら、と思いながら、脳裏には千と千尋のカオナシが千に金を渡すシーンが浮かんでいた。

男の子って不思議。そんな認識は長らく変わらなかった

私は千ほど可愛らしい人間ではないので欲しいものをくれるならありがたく頂戴する。その代わりに私がたとえば誰かとお付き合いしたり、ご飯に行ったりしていたら、流石の私もこれは貢がれているのでは? と思っただろうが、私は彼らと物販が終わってからライブが始まるまでの数時間次々と顔を合わせて「今日は楽しみですね」と言うだけなのだから何もしていない。
ライブが終わればもちろんそのまま直帰だ。飲み会に誘われることはあったが「未成年なので」「終電があるし」「お母さんが心配するから」とお断りして家に帰っていた。

会っていて楽しくもない人たちと何故大好きなアーティストのライブ終わりの高揚感を共有しなくてはならないのか、彼らが何故そんなことも理解していないのか私には分からなかった。

ちなみにその頃には私の母はとっくに鬼籍に入っていたため、心配する親なんてものは存在しなかったのだが嘘も方便だ。

男の子って不思議。そんな認識は長らく変わらなかった。

私は中高と女子校で、父親というものにあまり縁がない。
男の子より女の子の方が可愛くて優しくて感情豊かでわかりやすい。
だから女の子が好き。

そんな小学生か幼稚園児並みの感覚で過ごしていたものだから、自分が女性として見られているという認識が恐ろしく乏しかった。

「レズなの?」「そうかもね、でもあなたに関係あるの?」

20歳になっても私はそんな風で、ある時男の子に「芸能人で好きなタイプって誰?」と聞かれて、推しの女性アーティストの名前を言ったら「男は?」と聞かれた。
「男の子って全部同じ顔に見えるよ」と言えば「レズなの?」と聞かれた。
正面切ってそんな不躾な言葉を投げてくる人に初めて出会ったので、私は大変動揺して「そうかもね、でもあなたに関係あるの?」と言っていた。

なんとなくこの人は、私が今まで会ってきた不思議な男の子の煮凝りのような人だと思った。
悪意はないが配慮もない、女という生き物を相手に同じ土俵でコミュニケーションを取る発想がない、なるほどなと長年の疑問が腑に落ちた。

この話はだいぶ昔のことだが、女性に対してどう接していいか分からない男性がいると学ぶ機会があったのは私の人生でプラスに働いた。
世の中いろんな人間がいると気づかせてくれて、感謝している。