2020年、私はSNSに翻弄されていた。

見るのが苦しくなって。ただただ感情が振り回されて辛かった

自宅で過ごす時間が増えて、SNSを見る時間が圧倒的に増えた。
見るのは楽しい。LINE、Twitter、Instagram。家族、友達、同じ趣味を持つ人、自分の好きな人の近況を知ることが出来るのは、会うことは出来なくても相手を身近に感じることができて嬉しいものだ。
でも同時に見るだけで投稿をしない私は、少しずつ、でも確実に見ることが苦しくなっていた。たぶん自宅に引きこもる時間が増えたのも大きな原因だと思う。キラキラ輝く友人・知人。なんで私はこんなんなんだろう、自分らしさって何。ただただ感情が振り回されて辛かった。

突然だが私はSNSが苦手だ。正確には見るのは好きだけど、自分がやるのは苦手だ。
TwitterやInstagramは投稿しないという選択肢があるけれど、LINEだとそうはいかない。おそらく既読機能というやつが苦手なんだと思う。すぐに返事が出来たときはいいけれど、返事を次の日に持ち越したりしてしまったりなんかした日には、ズルズルとあっという間に日にちが過ぎてしまい、だいぶ日数が遅れた返事をしてしまうことがある。早く返事をしなきゃという強迫観念でいっぱいになって、疲れてしまい、逃げてしまう。
もともとやり取りが多いほうではないからいいものの、これが「よろしくない癖」だということはわかっている。たぶん根底にあるのは「嫌われたくない」という感情。でも実際にやってることは真逆で本末転倒なんだから、支離滅裂だ。

部活の子たちに初めてハブられた理由は、携帯を持っていなかったから

ふと、思う。いつからこんなに他人に「嫌われたくない」と思うようになったのだろうか。

中高の部活に、怒りミーティングというものがあった。
内容は至ってシンプル。お互いに不満に思っていることを言って、解消して、より一致団結をしましょうという会だ。
字面だけ見るとすごい会だが、いじめていた相手に、これをいい機会にと馬鹿正直にいじめてた理由を話す子までいたから、今思えば純粋だったとさえ思う。そして私は、いじめられていた子だった。

中学の頃、同じ部活の子たちに初めてハブられた理由は「携帯を持っていなかった」からだった。私だけ携帯を持っていなかったから、いちいち電話で連絡しないといけなかった、それがめんどくさかったと私への連絡を担当していた彼女は言った。そして同じ会で、別の子は私を「自己中」だと言った。自覚はなかったけれど、他人が言うならそうなのかもしれないと思った。

今私が欲しいものは、苦手なSNSの近くにいるらしい

高校に進学してから、私にも来るはずの連絡が来なくなったことがあった。いっそ隠し通してくれればいいものの、話の隅から気づいてしまうのだから、もう少しうまくやってほしい。知らなければ、私は傷つかなくて済むのだ。
ちなみに理由はその時期、無性に私にムカついていたかららしい。自己中と言われ、他人の顔色を伺ってばかりいるようになったら、今度はムカつく。なんとも理不尽な理由だった。

たぶん軽いトラウマに近いんだと思う。6年間かけてゆっくりとかけられたこの呪いは、見事その後に進学した大学で極度の人見知りという形で発揮されたし、すっかり人と距離を縮めるが苦手になってしまった。文字に残るSNSなんて取り返しがつかないものは怖くてしかたなくなってしまったし、そこで自分らしさを出すなんてもってのほかだった。

だけど2021年、私はもう一度SNSに向き合ってみようと思っている。
SNSを楽しんでいる友人曰く、SNSは自己肯定感を上げるのに最適なんだという。疲れたとき、ふと綺麗な写真が並べられているのを見ると、充実した毎日を送れているんだと安心するのだという。写真を見て、自分らしさを再認識するんだという。
目から鱗だった。今私が欲しいものは、苦手なものの近くにいるらしい。

自分が自分らしく生きるために、今度はもう少しうまくSNSと付き合ってみようと思う。