月曜日、3か月ぶりに歯医者に行った。その日に受診したのは、予約の電話をしたら、こちらから申し上げる前に、「月曜日の16時40分はいかがですか?」と言われたからだ。
私は美術館に勤めていて、月曜日は休館日で仕事が休みだった。4月に働きはじめてからというもの、歯医者は月曜日に予約していた。「月曜日」を提案されたのは、通い慣れているからこそ、歯医者側の配慮があったからだ。ささやかながら、コミュニケーションの蓄積を嬉しく思った。
診察後、次は半年後に予約するように言われた。

居間には、父と向かい合って弟と女の子が座っていた

帰宅すると、玄関に見慣れない靴があった。スポーツブランドのサイズの大きなスニーカー。隣には黒色のエナメルのパンプス。どちらも爪先が玄関扉と逆を向いていた。
居間には、テーブル席についた父の姿があった。向い側には大学を卒業してから一人暮らしをしている双子の弟と女の子が並んで座っていた。
空気が張り詰めていた。そういえば、玄関から居間に入るまで、誰の声も聞こえなかった。

「…こんにちは。えっと、コーヒー淹れますか?あ、今日はお茶の方がいいのかな…」
テーブルには、湯のみの1つも乗っていなかった。
「もう帰るからいいよ」
女の子に尋ねたのに、答えたのは弟だった。私は、彼女に会うのは2度目で、1度目に彼女が来た時には、コーヒーを淹れた。
「○○、今日いたんだ」
「月曜日だから、美術館休みなんだよ」
弟は、父の方を見て呟いたので、答えたのは私じゃなくて父だった。入社前にアルバイト出勤していた時、弟はまだ実家にいたのにと思う。
弟は頷くでもなく、「お父さん、俺の車見る?」と言って、彼女と父を連れて外へ出ていった。弟は数週間前に車を買ったらしかった。取り残されて、呆然と突っ立っていたら、しばらくして戻ってきたのは父だけだった。2人はもう帰ったらしい。

「何かあったの?」
私は父に問うた。
「結婚するんだってさ」
「…もしかして、赤ちゃん?」
「らしいね」
「お父さんは、いいの?」
「大学を卒業したんだから、後はお父さん、何も言わないよ」
腑に落ちないひと言だった。
「ねえ。彼女、名前なんていうの?」
私は、弟から結婚を報告してもらえないどころか、コーヒーを出してもてなしたつもりの彼女が誰で、名前は何というのか、それすらも知らない。それすら、紹介してもらえていなかった。

いつの間にか、互いを敵対視するようになった

私と弟は、双子である所以なのか、お互いを異常に気にし合った。

小学生の時、返却されたテストや成績表が居間のテーブルに並べられるので、両親は、勉強に関して口煩くはなかったけれど、相手より高い成績を取りたかった。
中学生になると、私も弟も恋愛に関心が無いはずもなく、互いの色恋の雰囲気を察知してはわざと家族の前で冷かした。

高校、大学進学では、私は、一般受験、弟はスポーツ推薦と、入試の時期から形式、方向性まで異なっていた。この頃には、長所や能力を認め合うよりも、自分の成功を誇示することが優先事項になっていった。いつの間にか、互いを敵対視するようになった。

だって、私たち、親族になるんだよね?

歯医者に行ってから数日後、弟と彼女は、私の両親と、彼女のご家族と、機会を設けて話し合った。けれど、そこに私の席はなかった。

年末に、両親の職場に弟と彼女が訪れたそうだ。先に帰ってきた母に、父と弟たちが食事へ出かけたと聞かされた私は、弟に「彼女のこと、結婚のこと、赤ちゃんのこと、私にも一度紹介して欲しい」とメッセージを送った。返信はなかった。

父を送りがてら、引き留められた弟と彼女が玄関に立った。
「えっと、結婚する△△ちゃんです。お腹の中に赤ちゃんがいて、3か月目」
弟は彼女と目を合わせ、はにかむ。
「○○です。あの、こんなんじゃなくて、ちゃんと上がって」「ここでいいよ」弟は笑顔で私の言葉を断ち切った。いや、そうじゃないじゃん。もっと、ちゃんと。
「△△です。改めましてですけど」彼女もはにかむ。
「よろしくお願いします…。あの、ごめんなさい、引き留めちゃって。でも、ちゃんと挨拶すらしてなかったから」違う。こんなにその場的じゃなくて、もっとちゃんとしたい。だって、私たち、親族になるんだよね?色々言いたいことがあるのに、何も言えなかった。
ふふふふ、曖昧な笑いが流れて、2人は帰っていった。

私と弟の歪な関係性の上に、何かを重ねるなんて不可能なのかも

もっと、ちゃんと。もっと、ちゃんとしなきゃと思うのに、私と弟の歪な関係性の上に、何かを重ねるなんて不可能なのかもしれない。弟と彼女は、私のために、靴を脱ぐことすらしなかった。

次に歯医者に予約の電話をかけた時も、きっと「月曜日」を提案してくれるのだろう。私と、弟と、彼女の関係は、歯医者の予約よりも希薄だ。
私と同い年の弟が結婚する。家庭を持つ。
私が次に、歯医者へ行く頃、弟と彼女の間に、子どもが生まれる。彼らは、子どもの親になる。
ねえ、それまでに。私たちはちゃんと、できる?