自分を変えたひと言。その言葉を聞く前の自分を思い出せないくらい、全く新しい自分にしてくれたそんな一言が、誰にでもあると思う。
私にもそんな一言がある。おそらく、周りの人が聞いたら、ちょっとひく(笑)ような不謹慎な言葉だと思う。でも、その言葉は私が家族の死を乗り越えて、また前に進んでいくための、新しい心構えを与えてくれた。それは高校の先生にいわれた言葉だった。

受験、母の病気、高校生活...。頭の中はぐちゃぐちゃだった

その先生は物理の非常勤講師で、非常勤講師のもつ、あの独特なミステリアスな雰囲気、担任の先生たちとは違う少し近寄りづらい雰囲気をもっていた。無表情で、授業中にプライベートの話をしたりもしなかった。
だから友達が、公園で歩きたばこをしていた人に、「歩きたばこをやめなさい!」と先生が大声で注意していたのを見たといってきた時はすごく驚いた。
その数日後、授業で先生が、歩きたばこで起こる受動喫煙は健康に悪い影響があって、決してしてはいけないことだと話していた。その時、根はすごく真面目で、曲がったことが許せない人なのだということを初めて知った。

話は少し変わるが、当時、私の母は病気で闘病中だった。状況はかなり悪く、母の命がもって数か月ということも聞かされていた。そして私は、受験勉強の真っただ中でもあった。
受験、母の病気、最後の高校生活と、目の前にある様々な問題で、私の頭の中はぐちゃぐちゃだった。
母との残された短い時間、できる限りたくさん一緒に過ごしたい。でも、勉強をおろそかにして浪人すること、日本で”他の人と少しでも時間がずれる”ことは、実際とても大きいことで、私は「別に浪人してもいい」と気軽に捉えることができなかった。
だから、お母さんとの最後の時間、最後の学生生活、受験勉強、どれをどんなバランスで過ごすのが正解なのか分からなかった。

普通じゃない家庭の自分はどう生きる? 生きていける? 不安だった

そんなある日、母の体調が急変して物理の授業を抜け出して病院に行った。そして、病院についてしばらくして母は亡くなった。あまりにも悲しくて、それが悲しいという感情なのかも分からず、しばらくは涙も出なかった。
悩みを誰かと共有したかったが、高校の同級生に親が死んだ人なんていなかったから、卒業まで誰にも言わなかった。
親がいない学生が学校の半分くらいいたら、きっと生活のイメージも湧いたと思うけど、CMにしろ、テレビにしろ、家庭科の教科書にしろ、”家族”といえば、”両親とこども”のイメージが使われる。それが”当たり前”の家族として扱われる世界で、自分は異常者になったような気分だった。普通じゃない家庭の自分はどう生きていくんだろう? というか、生きていけるのか? とシンプルに不安だった。

そんな時、物理の授業があった。じつは、私の親がなくなってすぐに先生の親も亡くなったそうだ。ちなみに、物理の授業中に出て行ったので、先生は私の親が亡くなったことをしっていたと思う。
「先生、大丈夫ですか?」ときくと、すぐに親の話だと察した先生は「大丈夫ですよ」といった。そして、そのあとに、聞こえるか聞こえないかくらいの小さい声で、
「親なんてね、早く死んだ方がいいんですよ。生きててもね、介護とかで大変なだけなんですよ」
といった。私は驚いて先生をみたが、先生はいつもの無表情な顔だったが、私の目をまっすぐみつめていた。それから、また授業に戻っていった。おそらくあの言葉が聞こえていたのはあの教室で私だけだったと思う。

拍子抜けしたように親の死を受け入れ、前を向くことができた

その言葉を聞いたとき、驚いたことに、これまで閉塞感に包まれていた、私の目の前がぱっと開けて頭の重みが一気にいれたような感覚がした。
「そっか、親っていないほうがいいこともあるのか。親がいなくてもいいのか」と、拍子抜けしたように親の死を受け入れることができた。
もちろん、私も先生も本当に介護しなくてよいことを喜んでいるわけじゃない(笑)
これをもし、親がいる人に言われていたら、ものすごく腹が立ったと思う。
その言葉の裏にある、強がり、悲しさ、慰め、共感、色んなことを、同じ経験をした者同士だからこそ感じあえて、悲しみを和らげる言葉として受け入れることができた。人生に起こる悲しいことや、予期しなかったことを、別に大丈夫だよ、そんなこともあるんだよと、前を向く言葉にできた。

それから、悲しい気持ちが簡単に消えることはなかったが、”家族”の形に前ほど囚われずに、今の自分がもっているものを軸に、人生をとらえることができるようになった。母がいない人生もあるんだと受け入れて、これからの人生をどうしたいのか考えられるようになった。(実際、母が薦めていた志望校にも無事、合格した)
冒頭にも書いたとおり、多くの人には不謹慎な言葉に聞こえると思う。でもこの一言と経験は私が大学生、社会人になっても、すごく悲しくなった時に別の視点を与えてくれたり、ありのままを受け入れて、また前を向く力を与えてくれる言葉になった。