自分の美意識の低さが露呈するようで、苦手だった美容院

19歳から23歳まで一つ隣の駅にある美容院に通っていた。私はそこに3ヶ月に一度顔を出し、「適当にいい感じで」と頼むのが常だった。

子供の頃から美容師さんという生き物が苦手だった。
あの人たちは皆一様に容姿に気を配るのが当たり前だと思っていて、私のような見た目に興味のない人間には厳しい。
なるべく人から浮かないようにという理由だけで茶色いロングヘアを維持していた私は「コテは持ってる?」と聞かれることが毎回憂鬱だった。
持っていても使わない、何故買ったのかも忘れてしまったようなものならあるから一応頷けば、それでここを巻くといいよと言われる。
私がいつ巻きたいと言ったのか、とぼんやり不満を感じている合間も美容師さんのトークは止まらない。
私は「できれば寝起きのまま外に出たいんだ!」と口に出せるほど強くもないのでとりあえず話を聞いていたがその度に自分の美意識の低さが露呈していくようで怖かった。
女の人なら当たり前のことをなんでしないの?と聞かれているようで後ろめたかった。
容姿に気を配る人だけが正義なのだろうか、そこそこ普通に浮かない程度を求める人間は美容師さんにとっては迷惑な客なのだろうか、と悶々としていた。

出会った一人の美容師さん

そんな私にとって美容院を変えることは一大事だった。
あれもこれもと進めてこず、私が見た目に気力を削がないぐうたら人間であることを理解してくれ、それでも最低限の手入れでなんとか人前に出られるような方法を提示してくれる人を見つけなければいけない。
今思えばとても厄介な客である。
19歳で引っ越しをし、緊張しながら訪れた美容院のお姉さんは行くたびに違う髪色をしている、夏の浜辺と冬のスキー場が似合いそうな陽キャだった。

お姉さんは私が出会ってきた美容師の中でも比較的ふわっとしたニュアンスで切ってくれる人だった。
「適当に伸ばしたい」「前髪は伸びてきても邪魔じゃないくらい」「色は伸びてもプリンが目立たない茶色」
どうなりたい、というビジョンがないし、浮かないだけの普通の人になりたかった私は概ねそんな風に頼んでいたと思う。
お姉さんはうんうん、と頷くと色見本を持ってきて「シルバーを入れるとこうなって、紫を入れるとこうなるよ」と見せてくれた。
「暖色でもいいけど寒色の方が似合いそう」とも。
へらへら笑いながら「私、髪の毛のことよくわかんなくって!」と卑下していた私に「なら一緒に見てみましょうか」と勧めてくれる彼女はまさしく理想、いやそれ以上の美容師さんだった。
色の違いがよくわからないと伝えるたびに、お姉さんは毎回カラーリングされた髪の束がついている色見本を持って、それを日の光に透かせて違いを伝えてくれた。

私はそれまで「オレンジ系がいい?アッシュ?」と聞かれても違いも、自分に何が似合うかも分からなかったのに、お姉さんに「今流行りはこの色だけど、こっちの方が顔色がよく見えるからおすすめだよ」と言われると途端にわくわくするようになった。お姉さんは私の苦手意識を克服させてくれた救世主だった。

美容院嫌いは克服できた、けど

そんなお姉さんに、私は一つ謝らなければならないことがある。彼女はいつも懇切丁寧に「ドライヤーをかける時は後ろから、こうやってね」と説明してくれていたのだけれど、その頃の私はドライヤーを一切かけずに眠る女だったのだ。
人生に疲れ果てていた故か、当時は風呂に入るのが精一杯でドライヤーを持ち上げて髪の毛を乾かす作業まで気力が持たなかった。
冷たい髪を拭いて、タオルを敷いた枕の上で寝ていたのだ。
私はドライヤーをかけていないことを言えなかった。
普通の女の子は髪を乾かさずに寝るなんてことをしないだろうし、優しいお姉さんに普通じゃないとバレるのが怖かった。きっと私のぼわぼわヘアを見てなんとなく気づいていたであろう彼女は一度も私を叱ったりしなかった。
もう少し素直になれたらよかった、でもあなたのおかげで美容院が好きになりました。
信頼できたはじめての美容師さんに伝えられなかったごめんなさいは、私の中で小さなしこりとして残っている。