みなさまお久しぶりです!
コロナ禍で、社会には色々と大きな変化が起きています。
人々の映像の視聴習慣というのもそのひとつでして、わたしのようにガチでテレビ業界どっぷりで働いてきた人間からすると、こんなに早くテレビの斜陽がくるとはね……と、もはや感心しながら、その崩壊の悲喜劇を、指を加えて見ているのであります。

今後の自分の仕事がハッキリ言ってなんも見えねえ、という状況にこの年齢でなるのも予想していなかったわけで、落胆とも諦めともつかぬ吐息をつきつつも、やることと言ったら、なにしろ仕事が減ってヒマですから、ひたすらネットに溢れる動画の海に溺れていくのであります。無料のyoutubeも、有料のストリーミングも、量と質共に無限大ですね。
そりゃ、もうあんま、わざわざ決まった時間にテレビ見るわけないね(笑)。

フェミ道場一押しの作品「クイーンズ・ギャンビット」ご覧になりましたか?

さて、フェミ道場としては、そんなネット動画の宇宙で燦然と輝くフェミ必見のスターコンテンツについて話したいと思います。それはNetflixオリジナルドラマコンテンツとして制作された「クイーンズ・ギャンビット」(リミテッドシリーズ2020)です。
配信開始から1か月で全世界6200万視聴という大記録で、ぶっちぎった名作であります。
日本でもかなり話題になったので、ご覧になった方も多いかもしれません。

主人公はチェスの天才ベス。99.9%男性の社会で、相手をバタバタと倒していく

舞台は1950年代のアメリカ(のド田舎)、全寮制の児童養護施設に入所した9歳の少女ベスが、ひょんなことからチェスと出会います。賢明なみなさんのお察しの通り、彼女には、規格外のチェスの天賦の才能が。もう完全に藤井聡太二冠の前世か?状態なのであります。

ただ、時代の空気としては、第二次世界大戦が終わり、アメリカでいわゆる、夫が働き、妻は専業主婦で郊外のモダンな一軒家で子育てしながら、ご近所ママ友とガーデンパーティして平穏に暮らすのが「女の幸せ」という価値観が席巻していました。
ですので、ベスがチェスで戦うのも99.9%男性でして、はあ?お嬢ちゃんチェスできんの?みたいなお約束のウエルカムぶりからの、男たちを気持ち良いくらい、バタバタと倒していくのであります。

それで、このベスという主人公は、物語の中でハッキリとは示されませんが、どうやらとても賢かったらしい数学者だった母親、しかも良家のお嬢様ぽく、父親(と結婚してたかどうかすらわかりません)との不仲によりシングルマザー状態で育てられていたようですが、まあ、とある不幸な事件が起こりまして、児童養護施設にいくわけですね。
児童養護施設は女子オンリーで、これまた男の匂いがいっさいしない、ほぼ修道女のような厳格な校長先生がいまして、ビシビシ女の子たちの禁欲教育に励んでいます。
ここでの性教育シーンが、実は秀逸で、お堅くて何だかさっぱりわからないあたりは、現在の日本の厳しめの学校と同じなんじゃないかなあ、と思うと戦慄します(笑)。

義理の母娘の心の交流…ドラマ史上に残る名フェミシーンやろー!!

そんなベスは、ヤバめの校長の目を盗みながら、チェスへの欲求を募らせつつ、数年後にとある夫婦の養子となります。いわゆる、郊外の素敵な一軒家で、仕事でほとんど出張に出て帰ってこない夫を待ちながら、趣味のピアノを弾く生活をしている養母。

初めてベスに生理がきたときに「どうすればいいか教えてよ」と頼むところから、「わかった、あんたの母親になってやる、でもわたしを独りにしないでよ」というやりとりがありまして、この義理の母娘の心の交流が始まっていきます。もうスーパーフェミなシーンで、わたしは感動の涙を禁じ得なかったのであります。どうしたらこんな脚本が書けるんですか?!ドラマ史上に残る名フェミシーンやろー!!

他にも、施設での唯一の黒人の友達(めっちゃいい子だけど、黒人なので養子に迎えられることはない)や、美人でオシャレなスーパーモデルで、男にチヤホヤされているけど「誰も中身なんか求めてないよ」とのたまいつつ主人公の足を引っ張る性悪女などが登場し、女の生き方百科事典の様相を見せているのであります!!

ベスは天才の常として、飄々としており、おひとりさま上等な性格で、いわゆるガールズトークにも全くなじむ様子のない孤高の変わり者です。男に興味がないわけでもありませんが、男たちの方は、ベスの才能に惚れはするものの、同時にその才能に引目を感じてしまう。いつのまにか、恋愛どころじゃなくなっちゃうわけです。

そこらへんも、見事に男女関係における、オマエ女のくせに、俺よりエライのかよ?問題が見え隠れするわけであります。だから能力に男女差がないと言っておろうが……(笑)。しかし、今も、婚活などでは、女性は男性よりちょっと学歴でも劣り、収入も劣っている方が好まれる、女性は自分より年収が高い男性を好む、などという意味不明な不文律を、男女ともに信じていたりします。

一方、チェスの才能はどんどん開花していき、前人未踏の強さで進撃していくベスですが、もちろん人間というのは、そんなにシンプルにはできていないわけで……。ここでベスが直面する、男問題、スランプ、薬物依存、アルコール依存は、実は全て彼女が人生で関わってきた、生みの母、校長、養母、高校の同級生など、女性たちが歩んできた茨の道の軌跡。彼女たちの悩みや、苦しみや無念などを一身に背負い、どんなに天才だろうと、時代が移り変ろうと、その十字架から逃れることができないという女の人生の難しさを、見る者に容赦なく突きつけてきます。

ベスの成功を阻むのは男社会?女たちの残留思念?

累々たる女たちの屍が、ベスの眼前に横たわり、その亡霊が覆いかぶさります。彼女の人生の成功と幸福を阻むものは、果たして男社会なのか?それとも女たちの残留思念なのか?

さて、主人公ベスがどうするのか?物語の結末はぜひ、現代を生きる、賢明なフェミのみなさんの目でご覧ください。
ベスは天才だから特別なのではありません。どんな容姿でも、どんな才能でも、人にはそれぞれ幸せになる種がありますが、それを生かせなかった反面教師パイセンもいっぱいいるのです。ベスだって、そのことから目を背けて、逃げたかった。でも、逃げなかった。それだけ。

いまだに「女の話は長い」と公の場でバカにされる、女落武者の風葬の地・日本

みなさんには、女の人生の成功例としてのロールモデルを追い求めるよりも、むしろ失敗例に学んでほしいです。現実はフィクションよりも、さらに不幸な女たちの屍がそこら中にゴロゴロ転がっています。かくいう、私も含めて、正直、特に日本社会は「女落武者の風葬の地」と言えるレベル。その結果、いまだに「女の話は長い」と公の場でバカにされ、笑い者にされるわけです。それでも、しかし、歩みを止めてはいけません。力強く、その屍を越えていってほしい。断固として、わきまえてなど、なりません。

そして、わきまえた女たちが、どうして失敗したのかを見極めなければなりません。
先人たちは頑張った、なんて気を使わなくていいのです。そう言われたら恥ずかしいもん。

そして、性別に関係なく、大切なのは、フェミたるもの、誰のせいでもなく、自分の人生の舵は、自分できっていくもの、という覚悟をもつことです。
心が折れかけたら、「クイーンズ・ギャンビット」はその背をそっと押してくれる。新しい時代を生きるフェミのバイブルなのであります。