日本と韓国とロシアのミックスで、ノンバイナリーのバイセクシュアル。おまけにぶっ壊れた機能不全家庭に生まれ育ち、典型的な毒親を持つ虐待サバイバー。そんな見事な三拍子が揃ったマイノリティであるわたしは、組織への所属を極端に怖れながらも、完全に断ち切る勇気も持てずにいる。

就活から逃げたのは、自分に自信がなかったから

みんなが就職活動を始める時期、わたしは逃げるように大学院への進学を決めた。修士号を無事取得したあとも、就活はせずに業務委託の予備校講師として働き始め、今はフリーランスのライターとして、毎日せっせとネットの海に己の腹のうちを放流し続けている。

就活をしなかったのは、自信がなかったからだ。周囲には「みんな頭のてっぺんから爪先までおんなじ格好しておんなじ台詞吐くなんて馬鹿みたい」と、それこそありふれた皮肉で痛々しい“他人とは違う自分”アピールをして見せたりもしていたけれど。

本音は、ただただ怖かったのだ。

失敗したときに「人種のせいでは」「“女性”ではないと勘付かれたからでは」などと勘繰るのが。それが純粋に能力のせいなのか、自分の力ではどうにもならない生まれのせいなのか、判別がつかないから。わからずに悶々と苦しむのにはもう、耐えられなかったから。

国籍いじめがヒートアップ 生まれたときから普通になれなれず  

生まれたときからすでに、わたしはみんなとは違っていた。“日本人”でなければ“女の子”でもない。両親は家で手を上げるけれど、他の家の親というものはどうやらそんなことは絶対にしないらしい。それに気がついたのは成人したあとだったが。

いつだって、どこに行ったって、どこまで行ったって、わたしは除け者だった。とうてい“普通”になれなかった。世界には常に透明な膜が張っていて、わたしはいつもその膜にぼよんと弾かれる。これでも子供の頃は、自分なりに頑張ったりもした。

膜の内側に入れてもらおうと、他人の顔色を窺って媚びて、空気を読んで。そういう態度こそが余計に他人の神経を逆撫ですることに途中で気づきはしたけれど、それ以外の術をわたしは知らなかったのだ。

でも、韓国名を名乗っていた中学2年生のときに、北朝鮮でドカンとミサイルが打ち上げられたことが原因でいじめがますますヒートアップし、その気力もぷっつり切れてしまった。

なんかもういいや、めんどうくさい。親の希望で入ったお嬢様学校で、“女の子”のフリをするのにも疲れちゃったし。14歳のとき、そんなふうにしてわたしは、組織へ所属する努力をまるごと放棄した。

そのあとあっさりと不登校になり、退学し、規則のずっとゆるい共学の中高一貫校に編入した。その学校に通う子たちは押し並べてみんな個人主義で、そのおかげで10代の後半はおおむね(家庭以外では)気楽に過ごせた。

「会社員」になれないから、ものを書く仕事を選んだ

就活で再びこの世界の膜の存在を思い出したときには、すでにそこに入ろうとする気概をからきし失っていたのだ。わたしと同じ能力と学歴を持った“日本人”の“女の子”と、“在日韓国人4世”で“性別不詳”のわたしだったら、採用されるのは前者だろう。

馴染めるのは前者だろう。求められるのは前者だろう。そんなこと分かりきっている。いまさらわざわざ思い知らされなくたって、身の程くらい弁えてるよ。

そう思っていたからこそ、いわゆる「会社員」になることはハナから諦めていた。集団への帰属意識が強い人たちを馬鹿にするフリをしながら、その実焦がれて焦がれて堪らなかったけど、膜の内側に入れてもらえない惨めさを実感するのは二度とごめんだったのだ。

それでも、世界の膜に弾かれているわたしだからこそ、求めてくれる人がいるのを知ったのは、何の気なしにnoteにupし始めたエッセイにスキが付くようになったころからだろうか。

ライターへの転職を機に本格的に文章を仕事にし始めると、フォロワー数はますます増えた。わたしと同じく膜の内側に入れずに悶々としている人たちは、わたしの書く文章をすきだとさえ言ってくれた。

国籍やセクシュアリティ 文章を書くのは、わたしが生きていたいから

どこかでちらりと、打ち明けた途端に引かれてしまうのでは、という怯えもあった。でも、そんな心配は無用だった。セクシュアリティについて公言したときよりも嬉しかったのが、日本国籍取得の際に日韓露ミックスであることをカミングアウトしたときだ。

わたしはどこかで、わたしの文章をすきだと言ってくれる人たちを試していた。「これほどまでに異物でも、あなたはわたしを嫌わないですか。すきな気持ちは揺らがないですか」と、問いかけていたのだ。疑っていた。信じきれなかった。

そんな貪欲で狡いわたしに対して、だれも首を振らなかった。「打ち明けてくれてありがとう」「勇気を出してくれたことが嬉しい」「チカゼさんはチカゼさんだよね」と、みんなそっと寄り添ってくれた。すきだと、言い切ってくれた。

わたしはわたしを、認めてほしい。この世にいていいのだと、わたしを必要としているのだと、世界に肯定されたくて、だから毎日文章を書いている。それに対して報酬をもらうことで、はじめて、世界の膜に弾かれる自分を許すことができる。自分に価値があることを信じられる。わたしはたぶん、生きていたいから、ものを書く仕事をしている。