150cmにも満たない身長。私は一生、それと付き合っていかなければならない。

小学校の頃、身長順で並ぶときには私は決まって先頭をキープしていたし、中学校の間に10cmも身長が伸びたのに、他の子のような目を見張る成長とは程遠いように感じていた。

高校生になり、通っていた地元の自動車学校で、隣で先頭に立っていたはずの男の子を見上げることになったときには「うわ、抜け駆け!」なんて話をしたりした。

身長が低くて困るのは、洋服選びや立ち見。そして、動物も少しこわい

身長が低くて困ることといえば、まず最初に思いつくのが“洋服”のこと。「洋服に着られている」なんて言葉で例えられるけれど、サイズの合う洋服を選ぶのが他の人より少し難しい。

商品棚に置かれている細身のジーンズなんかは決まって丈が長くて、細くなりかかった部分まで生地をカットしてしまえば、それはもはやスキニージーンズかどうなのか分からなくなってしまう。だから、私のクローゼットには、ジーンズがほとんど存在しない。

それから、動物が少しこわい。4本足で地面に立てば自分のひざ下にも及ばない中型犬も、後ろ足2本で立ちながらじゃれつかれようものなら、途端にそれは自分の目線と同じ高さのちょっとこわい生き物へと変化してしまう。全力でじゃれつくその勢いといったら、私の身体が後ろによろけてしまう程だったりする。

あとは、立ち見に圧倒的に不利なこと。ライブでも、テーマパークのパレードでも、自分より大きな人に囲まれてしまえば、あっという間に視界は人の背中や頭になってしまう。

最近よく思うのは、今どきの小学生は本当に身長が大きい子が多いなあということ。会社の前を通っていくランドセル姿の子供たちとすれ違う度、私は少しドキドキしてしまう。元気に挨拶を交わしてくれる子供たちにほっとする反面、伸びることをやめてしまった私の身長に、少し文句を言ってやりたい気分にもなる。

身長が低くてよかったことは、他人の「優しさ」を感じられるところ

それでも私は、こんな自分の身長を気に入ってるところもある。それは、他の人の優しさをたくさん感じられるということころ。

新幹線の荷物棚。大きくて重い荷物を乗せるのは、背伸びをしても結構大変なところがあって、特に荷物を棚から降ろすときには、重量につい押し負けてしまいそうになる。荷物を棚から降ろし、フラッとよろけそうになった瞬間、急にその重さを感じなくなったことがこれまでに何度もあった。

スーツを着た男性や外国人、私より背が高い女性まで本当に色々だったけれど、その人たちはみんな、そっと手を差し伸べてくれた。会ったことも話したこともない私に、手を差し伸べてくれる。私は、そんな優しい世界の中で生きているのだと、何度も実感させられた。

それから、子供の頃に見ていた景色を忘れずにいられるところ。大人になれば気にすることもなくなっていくような、道端に咲いている小さな花を見て、今でも幸せを感じることができているし、趣味のカメラも私の目線だからこそ撮れる写真があるように思っている。あとは、小さな子供にはとことん好かれやすい。

住みやすいとはいえないけれど「小さな世界」意外と悪くないかも

そういえば、この間おばあちゃんに「大きくなったね」と言われたことがあった。だんだんと腰が曲がって、小さくなっていくおばあちゃん。一方で、伸びることはないけれど、まだまだその身長で踏ん張っている私。

30歳を目前にしておばあちゃんと背比べをしているのは、もしかすると私くらいかもしれないけれど、嬉しくも悲しくもある時の流れを経たその言葉は、なんだか私を子供の頃のような気持ちにさせた。

住みやすいとはいえないけれど、小さな世界だって、意外と悪くないかもしれない。