「小動物みたい」「女の子って感じ」「お菓子作り好きそう」「ふわふわしてる」「ピンク好きそう」「甘え上手そう」「悩みとかなさそう」。私のことをあまりよく知らない人から、私がよく言われる言葉たち。

私を「形容する言葉」が苦手だった。違和感を抱いてモヤモヤしていた

これらの言葉が、かつてはとても苦手だった。本当は違うのにと違和感を抱いて、モヤモヤした。実際の私は、お菓子作りどころか料理自体が苦手だし、弟たちと一緒に戦隊ごっこをするような子どもだったし、好きな色は物心ついたころからずっと青だ。

ただ、そういう言葉で私を形容する人が、100%悪いわけではないなとも思う。彼らは私の小柄な見た目や話し方などから判断するのだろうから、少なからず私にも原因はあるのだろう。

モヤモヤが消えたのは、20歳を過ぎてだいぶ経ってから。決して慣れたわけではない。そういう言葉たちは、見た目やら表面上の判断材料しかない段階で出てくる言葉だということに気づいたからだ。

私の中身を知ってくれている人は、そんな曖昧な言葉で私を形容しない。少し時間が経ってから「勘違いしていたよ」と言ってくれるような、私の中身を知ってからも付き合いを続けてくれるような人は、そういう言葉を私に言わなくなる。

私は演じることで「健康な心」で、日々過ごすことができている

さらに最近、私はかつて悩みの種だった、曖昧な言葉たちを利用することを覚えた。職場での自分を完全に演じるようにしたのだ。愛想よく、ポジティブに、いつも笑顔で、悩みなんてまるでないように。

友人からは「疲れそうだね」と言われたこともあるが、そんなことはない。むしろ楽。演じることで、私は健康な心で日々過ごすことができている。

前職時代、新卒で働き始めた私は、“自分を演じること”をよくないことだと思っていたし、自分を偽らず正直に生きることが大切だと信じていた。仕事がうまくいかないとき、これまでの自分自身が否定されたように感じてしまい、少しずつ積もり続けたストレスに耐えられなくなり休職へ。

休職直前まで家族にさえ言えず、やっと友人たちに打ち明けたのは復職後しばらく経ってから。“悩みとかなさそうで、甘え上手そう”な私がストレスで休職なんて、キャラじゃない。長年言われ続けた言葉たちは、私が周囲へ打ち明けることを阻み、心の疲弊に拍車をかけた。

「本当は違うのに」というモヤモヤは、自分を守るために利用する!

転職し、職場での自分を演じるようになった今は、楽に過ごしている。理不尽な出来事や同僚の言動に多少腹が立っても態度には出さず、心の内では「まあ、今の私は職場用の私ですから」と呟く。

間違っているかもしれない。「なんて舐めた態度だ、馬鹿にするな」と言われるかもしれない。でも、私は自分を守ることが一番大切だと思うから。私の心が健康に過ごせることが、私にとっての最優先事項だから。

「本当は違うのに」というモヤモヤを、「自分を守るために利用してやろう」という厚かましさに変えることができた。もう、上辺だけの判断で言われる言葉に悩まされたりしない。そういう言葉で、私を形容しない人たちがいてくれることを知っているから、もう踊らされない。もし職場で言われたら、万々歳。私が自分を守ることができているという証拠だ。

苦手だった言葉たちを味方につけて、嫌だった見られ方を自分のための見せ方の一つに変えた。私はずいぶん強くなったと思う。