その頃のわたしはまだ子どもで、人にも自分と同じように、痛みがあることをきちんと理解できていなかったように思う。
「別れよう」
そう言えたのも、わたしにそういう身勝手さがあったからだ。

傘で顔を隠す君。わたしと君は幼馴染だけど、違う環境で生きていた

雨の降りしきる公園のなかで、きみは傘で顔を隠していた。紺色の傘は夜に溶け込むようで、きみは泣いているんだろう、とわたしにはわかっていた。

「悪いとは思ってないよ」
それを聞いたきみは、わたしからくすねた煙草に火をつけて、ひとつ息を吐く。冬の日だったから、その息は過剰に白く、漂った。
わたしは公園を後にする。きみは立ち尽くしたまま。それ以来、きみには会っていない。

わたしたちは中学3年生だった。
わたしは不登校児で、きみは不良だった。
きみは、だけれども、きちんと学校に通っていたし、友人もたくさんいた。女の子にもよくモテた。カースト上位にいたのだ、きみは。

わたしたちは幼馴染みでありながら、全く違う環境の中で生きていた。
家に引きこもって鬱々と過ごしているわたしと、夜な夜なバイクを乗り回しているきみは、空いた時間を埋めるようにメッセージのやり取りを重ねた。
きみはわたしが学校に行けた日には、必ず声をかけてきた。授業の間の時間に必ず会いに来た。

「似合わないよね」クラスメイトがそう言っても君は気にしなかった

わたしときみという異色の組み合わせはクラスメイトの興味を引いた。ひそひそ話の音がする。わたしときみについて噂をしている音がする。

「気にすんなよ、そんなこと」
きみはそう言って笑う。そのことがわたしにはどうしても信じられない。気にしない?一体どうしたらそんなことができるの?

「ねえ、あの二人付き合ってるの?」
「いつも学校来てないくせに」
わたしの耳に届くのは、わたしを非難する言葉ばかりだ。

「似合わないよね」
そう言っているのも聞こえた。
きみは笑う。よく笑う。チャイムが鳴ると、きみは隣の教室に戻っていく。わたしは一人で席につく。まだ、噂話の音がしている。

「どうしてこんなに女の子から連絡が来るの」
学校に行かない日は、きみは必ず家まで会いに来た。わたしはきみのスマホを欠かさずチェックして、女の子とのやり取りを消さないきみに何度も何度も怒った。

「どうして気を持たせるようなことするの」
自分の言ってることが、間違っていることはわかっていた。きみはいつも女の子からの誘いを断っていたし、彼女がいるとも送っていた。

それでも女の子たちは執拗で、傲慢で、何度でもきみに会いたいと送ってきていた。きみはわたしにしか会わなかった。でもきみのスマホにはきみに会いたい女の子からのメッセージが繰り返し表示されていた。

鳴りやまない雨音の中、君に「飽きた」と言ったあの日を思い出す

「飽きた」
わたしはきみの心を握りつぶしている自覚もなくそう言った。フラッシュバックするのは大量のメッセージとひそひそ話の音。

「釣り合わないと思うの」
そうも言った。鳴り止まない雨音。わたしときみを見つめる好奇の目。教室にひびく悪口。
女の子から言い寄られているきみが嫌だった。それをきちんと断るきみも嫌だった。

そうすることでますます女の子から好かれるきみが嫌だった。大勢の前でそれでもわたしに駆け寄るきみが嫌だった。許せなかった。不登校で、ふつうの女の子じゃない自分をどうしても許せなかった。

二人の間には雨があった。雨音があった。
わたしはその日以来、学校に行くことをやめた。
雨の日には、そういう日のことを、思い出してしまう。なんの感触もなくきみを突き放した、あの日のことを。