クラスのいじめの標的だったあの子は絶対に誰の悪口も言わなかった

今から14年前のことだ。中学2年生のあの子は、クラス内のいじめの標的だった。
女の子達からは「ぶりっ子やめなよ」「言動きもいよ」などときつい言葉で笑われ、男の子達からは「顔、汚い」と吐き捨てられたり無視されたりしていた。ひどい時は、彼女が盛り付けた給食に一切手を付けない子達もいるほどだった。

あの子は、音楽が得意で、運動が苦手で、お洒落が好きな、どこにでもいる14歳の少女だったと思う。
私の周りの女の子達は、感受性が豊かでおっとりした彼女の性格を「変な子」「また演技してる」と馬鹿にし、男の子達は彼女の顔に広がる思春期特有のニキビを気味悪がっていたが、私にはそんな皆の悪意の方が不思議で仕方なかった。
私だけが、彼女の味方だった。

あの子は、絶対に誰の悪口も言わなかった。
普段からどのグループにも属さずにほとんど一人で過ごし、皆がしている噂話にも参加することはなかった。教室で冷たい言葉を投げかけられても何も言い返さず、休み時間はいつも図書室で過ごしていた。私は本を手にしている間は彼女の置かれている状況を忘れ、目一杯楽しい空想に浸った。

腕をカッターで傷つけたあの子。私は彼女の行為を止められなかった

あの子の拠り所は、学校にも家にもなかった。
家に帰ってもお母さんに怒鳴られたりぶたれたりする毎日で、そのうち、彼女は気を紛らわせるために自分の腕をカッターで傷付けるようになってしまった。私は何度も彼女の行為を止めようとしたが、その思いも虚しく日に日に傷は増えていった。

あれから14年経った今、もうあの子はいない。
私は28歳になり、彼女を思い出すこともほとんどなくなってしまった。

私は、今、結成4年目のバンドでキーボードボーカルと作詞作曲を担当している。
髪は昔から一番好きなピンク色に染めた。ステージの上で照明が当たる時、怖いものなど何もないような気分だ。

そして毎日、古着の押し込まれたクローゼットを開けて、ファッションショーのように着替える。歌いながら料理をし、好きなだけ食べる。お酒も煙草も好きなだけ。深夜に長電話をしたり、映画を連続で観たりする。お化粧とお風呂には2時間、睡眠には12時間たっぷり使う。気が向いたら働きに行って、思い付いたら遊びに行く。
こんな具合に悠々と過ごしている。

自分の腕にはっきりと残る傷がある。あの子がいたから、今の私がいる

腕の傷ははっきりと残ってしまったが、一生治らないと信じていたニキビはいつの間にか綺麗に消えていた。
もういじめてくるようなクラスメイトもいなければ、母親との深刻な不和もない。
永遠に解けない、長く重い鎖のように思えた時間はするすると私のもとを離れていき、今はもう目を凝らさないと見えないほど小さい。

細胞が入れ替わるように日々はどんどん新しくなっていくが、私の魂は生涯何が起きてもみずみずしいままだ。あの頃からずっと、誰の悪意にも穢されないことが自分の一番の矜持だった。大人になるにつれ、あらゆる悪意を目の当たりにするようになっても、それだけは守り続けていた。

そうして拠り所は自分自身にあることにようやく気が付いた時、空想的で注意散漫なところや、周りの人よりもペースが遅いところはコンプレックスからチャームポイントになった。
いつか本当に怖いものなど何もなくなってしまえばいい。

あの子がいたから、今の私がいる。彼女が生きていた日々を、今の日々の中で音楽へと昇華していく。
私は、いつの時の私も幸せに出来るのだ。