日曜日の昼間、先輩とまたご飯の約束をした。
先輩は前職で大変お世話になり、私が会社を辞めてもなお、1ヶ月に一度はご飯に連れて行って下さる、私にとって本当に大切な存在である。感謝してもしきれないほどに。
先輩とのご飯の時間は、いつもあっという間だった。
会社を辞めてから気持ちがふさがりがちで、人混みの中に出るのも苦手となってしまった今、先輩と月に一度会ってお互いの近況報告をする時間は、心が緩んでいくような、しこりが溶けていくような、不思議な感覚がする。

「人生楽しいです」。食い気味な返答が、余計不自然さを生んだ

駅で待ち合わせたのち、おいしい酒と韓国料理を求めて、私たちは繁華街を歩き出した。
予想以上の人の多さに私はきゅっと心臓が小さくなったが、無事に、美味しい韓国料理が楽しめそうなお店に落ち着くことができた。
私たちはよく食べ、よく飲んだ。

「最近、仕事はどう?」
「人生楽しいです」
先輩の何気ない問いに、私は食い気味で即答していた。ひとつひとつの言葉や表情に過敏に反応してしまう。その即答加減が、余計に不自然さを生んだ。そのことに、私はまたたじろぐ。
先輩は優しい。それにも気付かないフリをして、それは良いことだね、と何事もなかったように会話を続ける。
本当は、家を出る前から決めていた。たとえ、先輩にも自分にも嘘を突き通すかたちになったとしても、意地でも、湿っぽい顔なんか見せるものか。 
それが先輩に心配をかけないためか、なんなのか、自分でもよく分からないけれど。
先輩は聞き上手であり、話し上手でもあった。私はまんまと上機嫌になり、いつもよりもはるかに饒舌になった。
それが少し不自然であること、今は酒によってハイになっているということに、きっと先輩は気付いていると、心のどこかで考えながらも。

同僚と話す先輩に、さっきまでの談笑と少しちがう温度と意思を感じた

帰り道、一駅歩こうとの先輩の提案で、私たちは夜道をゆっくりと、ふわふわとした足取りで歩き出した。私は上機嫌だった。先輩も酔っていた。
歩きながら、先輩は会社の同僚に電話をかけた。
スピーカーで相手の声が私にも聞こえるように設定をした。
酔っているね、という、先輩の同僚のあきれながらも先輩を気遣う声と、相変わらず人の多い繁華街の雑音と、先輩はそれになんと返答していたかよく思い出せないが、先輩の声。
そして、先輩が今私と飲んだ帰り道なのだと告げたときの、同僚の、一瞬の間。戸惑い。

隣りを歩きながらも、今まで楽しく酒を交わして談笑した先輩とは、少しだけ、ちがう温度と意思を感じた。私が飛び越えてしまった川のほとりの、振り返れば向こう岸にいる先輩。私が辞めた会社で今もなお活躍し続ける先輩の、意思と、尊厳。
そしてふと、考えるのだ。先輩は同僚に、あるいは職場の共通の知人に、私と月に一度ご飯をしていることを話しているのだろうか。そうだとしたら、一体、どんな風に。

会うと孤独のかたまりみたいに饒舌になる私を、どう思っているだろう

私は志なかばで会社を去ったその事実からうまく抜け出せずにいて、先輩に会えばコントロールを失い、孤独のかたまりみたいによく喋り、ひとつのごまかしも通せずにいるというのに、先輩はどうだろう。
日々弱っていく私を観察し、それでもなお気付かないフリをする。
それがまるで正義であるかのように。
はたまたそんな風に隣りで考える私は、どんなに恩知らずなのか。

繁華街を抜け、駅の改札へ向かう。分かれ道で、だから私はひとつも曇りのない笑顔で言う。
「あー楽しかった!では、またいつか」
本当は、家に向かうまでのひとりの時間も恐怖なほどに、過去の呪縛から抜け出せずに溺れてしまいそうだというのに。先輩が同僚に何と言っていようが、私はただこの先輩とのごはんの時間を待つだけの弱い人間に落ちぶれてしまったというのに。
駅の雑踏の中、私たちは手を振りほほえみ、別れて歩き出してからもう一度振り返って手を振る。そしてまた1ヶ月後に同じことを繰り返すだろう。
最近、仕事はどう?の問いに、「人生楽しいです」の即答。本当に本当に、私は滑稽な人間だな。
酔って思考が鈍ったよれよれの頭で考えながら、私はひとり、帰路につく。