初めての恋人ができたとき、付き合うつもりはなかった。
100回告白されて、折れた形で付き合いだしたけれど、どこかで結婚はしないよねと考えていた18歳の私。
結婚なんてしたくなかった。
ぶっちゃけ、人生が崩壊していたから。

父が逃げたからといって幸せではなく、違う意味での地獄のような日々

私の家庭はめちゃくちゃだった。
父親は女を連れて、家財道具と財産を持って逃げた。
それは小学4年生のこと。
馬券まみれの部屋も、夜な夜なよくわからない人を連れ込む時間も、母が不機嫌になることも、2人が喧嘩をしてる間に弟が大怪我することも、何もかもなくなるのだと思うと、その日がとても嬉しかったのを覚えている。
でも、父が逃げたからといって幸せになることもなく、そこからは違う意味での地獄のような日々だった。
父親の親である、祖父母と同居していたから。
家業を手伝わせて養ってくれた2人のおかげで今は生きていけたと思うし、感謝をしてはいるのだけれど、当時の2人の辛さが母と私にぶつけられた。下に障害のある弟がいることもあり、私は私で、母は母で、必死に耐え抜いたんだと今では思える。
でも、何度も死にたくなったのも、事実だ。

こんな日々を味わうことが結婚の先にあるなら、結婚してはいけない

私さえ生まれなければ、こんな目に会うこともなかったのかもしれない。
お母さんの辛そうな姿を見ること、祖父母が私を部屋に閉じ込めて誰にも言えない悪口を聞かせ続けてくること、弟が学校でいじめられる姿を何もできずに見ること、私自身もいじめられること、学校も崩壊していてみんなで病んでいったこと……。
毎日生き地獄のようで、それでも生きていかなきゃいけない毎日。
こんな日々を味わうことが結婚の先にあるなら、私は結婚してはいけないのだと、そう考えるようになった。
障害も遺伝するかもしれないし、私も子どもや旦那さんを大切にできるのか自信もないし、家族も全てが重く感じて辛いし、何もかも結婚には不適切な私なのだ。

そう、恋に憧れては、無理やり自分の現実を自分に納得させた。
私は、ずっとずっと、パートナーを見つけることも、結婚をすることも、誰かと人生を共にすることも、その先に子どもを授かることも、何もかも……諦めていた。むしろしてはいけないことだと考えていた。
大学から付き合いだした恋人は、そんなこともひっくるめていいよ、あなたといたいと伝え続けてくれたけど……。

付き合ってから6年半。
結婚式のためにと資金を貯めてくれていて、嫁いでくれないかと言われた24歳の私は、悩んで悩んで、泣きながらお断りをした。
断った後は放心していて、彼との未来を楽しみにしていた私がいたんだと、気づいた。

「結婚=するべきではない」とも、「結婚=幸せ」とも思わない

その後は猛烈に仕事をして、家族のことからある意味目を背けていたんだと思う。
仕事をし続けていたら、弟が難病になり、私も限界が来て、仕事を辞めた。
もう一人の弟が病み、母が倒れ、祖母が救急搬送され、弟も緊急搬送された。
母が働けなくなった中で、突然に保護猫を保護してきて、子育ても始まった。
もう、必死で家族と、生きた。
死にたいなんて思う時間はなくて、もう必死だった。
保護猫も5匹を超えて、弟がいろんな意味で自立をして、母も働き出せるようになった。
祖母の葬式も穏やかに迎えることができて、自分自身の整理もやっとできてきた。

そして今は、生まれてきて、まあよかったんじゃなかろうかと、思えるようにまでに、生きている。
そして、結婚=するべきではないこと、とは思わないし、かといって結婚=幸せなこと、とも思わないようになった。
結婚適齢期と呼ばれる年齢になった今、周りも結婚して、子どもを授かる友達も増えた。
でも、みんなそれぞれに悩みや苦しみ、そして乗り越えてきたことがあるのだとも、知った。
私は家庭がハードモードで、だから結婚はすべきではないと考えていたけれど……。

結婚っていうのは、家族と向き合う形の1つ。
そこでどう向き合って、生きていくかで、幸せかどうかも決まるもの。
だからこそ、私は今、私を幸せにすること、私の周りの人と居心地良く生きていくこと、もし結婚しようがしまいが、幸せを分かち合える自分でいること、そんな自分を生きることを、諦めないことが、大切なんだって思う。
私が幸せなら、何をしたって幸せなんだろうから。