記憶にある初めてのクリスマスの夜は、ギラギラとして居心地の悪い夜

私の記憶にある、初めてのクリスマスの夜は、ギラギラとして居心地の悪い夜だった。
物心がついたばかりの頃。寒い日の夜に父と母に連れられて、私と幼い弟が眠い中、車に乗せられた。
着いたのは夜のピカピカと輝くトイザらス。無理やり連れ出された私たちきょうだいは眠たくて仕方なく、母は嫌そうな顔をしながらもしぶしぶ来ていた。

父だけがノリノリで、私たちにおもちゃを買おうとどれがいい?と聞いてくる。が、気まずさも眠気もあって、なかなかおもちゃは決められないし、買えない。
おもちゃが買えるということでテンションも上がるけど、不仲な両親や眠気と興奮でおかしくなった弟たちを見ていると、何をしてるんだろうなあとなんとも言えない気持ちになって、子どもらしくはいられなかった。
サンタなんてどこにもいなくて、父の気分で突然おもちゃを買いに行くイベント。
それがクリスマスだと思っていた。

父が家にあまり帰らなくなった頃から、クリスマス明けの朝に、プレゼントが届くようになった。そして、プレゼントには手紙がついている。手紙はそれぞれ違う文章がカラフルにクリスマスらしく印刷されていて、サンタが書いた設定のようだった。
サンタからの手紙をもらっても、喜ぶよりは冷めていた私。母が当時パソコンを使うようになり、印刷していたのを見ていたから、これは母からだと分かっていた。
なんなら、クリスマスに欲しいものは母に伝えていたし、クリスマス前に頼んでこっそりと楽しみにしていたゲームを少しだけしたこともあるくらい。初めから私にサンタはいなかったから、これが当たり前のクリスマスだった。

弟のためサンタになる楽しみはできたけど、私もサンタが欲しかった

私は小学校に入ってしばらくしてから、気づいた。弟たちはどうやらサンタのことはよく分かっていないらしいと。サンタも本当に来ているとすら信じているかもしれないと。
そこで私は弟たちとサンタにホットケーキを焼いたりクッキーを作ろうと提案して、ともに楽しむようにした。中学生くらいからは、少ないお小遣いを使ってサンタのブーツを彼らに買ってきて、クリスマスの朝にこっそりと枕元に置いていた。
私にとっては、サンタはいないけれど、サンタになる楽しみはできた。
彼らがどこまで理解していたのかは分からないけれど、ともに楽しく過ごすのはそこそこに楽しかった。

でも今思えば、私もサンタが欲しかったのかもしれない。
私だって、クリスマスを、サンタを、楽しみたかったのかもしれない。

私がするばかりで、されることは少なくて。子どもながらに、わりと大人役をしていたような気がする。
今でもふと思うのは、私ってプレゼントもらうの、慣れてないなってこと。してもらうことは、私にとって当たり前ではなかったから。
多分きっと、傷ついていた。深く深く、傷ついていた。私ばっかり、私ばっかり。
サンタだってそうだ、私だってサンタを楽しみに寝る夜が欲しかった。私だってクリスマスに向けて良い子にする気持ちを感じたかった。
素直に子どもでいたかった。子どもで、いたかったんだ。

もうしぶしぶでも、義務感でもなく、誰かを喜ばせたくてサンタになる

私にとってサンタは、子どものための存在で、私には初めからいなかった。私はサンタになるしかなかったんだ。
誰かのためのサンタをするたびに、「私はどうせ祝われない」と、どこかで実は傷ついていたのかもしれない。

そんな私に気づいた今年、やっと私は私にサンタをしたりもしている。
私を私が喜ばせるんだ。家族の元から離れて、好きなものを食べたり、好きな人と過ごしたり、好きなことをしてのんびりと過ごしている。大人の目を気にせずに、友達や仲間と過ごしている。
当たり前に楽しくて、毎日ワクワクして寝られるようになってから、サンタになるしかなかったしんどさはどこか、消えていったような気がする。むしろ、仲間や友達の誕生日や記念日を祝うことが楽しくて、サプライズを思いついては喜んでもらって、それにどこか救われている。

私はサンタになった。それはもうしぶしぶでも、義務感でもない。誰かを喜ばせたくて、なりたくてなっている、サンタなんだろうな。