私の2022年の宣言は、とても地味に聞こえるかもしれないが、「生きる」だ。
私は2021年の1年間、生きていることがとにかく怖くて、消えてしまいたいとずっと考えていた。会社が提供するカウンセリングも半年ほど受けた。カウンセラーの人は親切に物事のよりポジティブな見方を提案してくれるのだが、どれも私に「頑張って生きたい」と思わせてくれることはなかった。
そんな時、芸人のいとうあさこさんがインタビューで「毎年、今年の目標は『生きる!』と決めております」と回答したことが、ネットで話題になっているのをみた。
その言葉は、生きる目標がみつけられない苦しさにもがいていた私にとっては、そんな発想があったのかと、一気に苦しみから解放されたような気持ちになった。

欲望がなくなった私は、生きる理由を生み出せなくなってしまった

これまでは、海外で働きたい!同期より出世したい!あの高級レストランで食事がしたい!など、常に強い欲望があった。当時は卑しいと思っていたけれど、今思えば、その欲望が私の「生きる」という行為の原動力になっていた。
あるセラピストによると、嫉妬や劣等感のようなネガティブな感情にしろ、ポジティブな感情にしろ、セラピーで強すぎる感情を取り除くと、急に芸術のアイデアが湧かなくなる人が結構いるそうだ。
なので、芸術を仕事にしている人に対しては、セラピーの前に、アイデアが浮かばなくなることがあるが大丈夫かと聞くらしい。
これを聞いた時に、芸術家の人たちが抑圧された感情がなくなった時にアイデアを生みだすことが出来なくなってしまうことと同じように、何かをしたいという欲望がなくなった私は、生きる理由を生み出すことが出来なくなってしまったのだなと妙に納得した。

「生きる」というシンプルな目標に、自分を許せて心が軽くなった

そんな私にとって、あさこさんの「生きる」という目標は、とてもシンプルで簡単にできそうなものだったから、「生きるという最低限の目標でもいいんだ。そして、そんな目標でもあんなに輝いている人がいるんだ」と大きな勇気を与えてくれたし、生きるというシンプルな目標以上のことなんて別にしなくてもいいんだよと、自分のことを許してあげることができて、心の重りがなくなったように感じた。

実は今年、気分の落ち込んだ自分を変えたいと、ペットを飼おうとしたことがあった。しかし、家族はペットを飼うのに大反対して、大喧嘩になった。
私は、ペットが飼えない悲しさもそうだが、ペットを飼えないというだけでつまらない人生になるような、私のしょうもない人生が悲しくて絶望してしまい、「私のクソみたいな人生をこれ以上クソみたいにしないで!」と絶叫した。
一日たってもう一度、冷静に話し合った時に、家族から「あなたかがペットをとても飼いたいことはわかったから、条件付きで飼ってもいい」と言われた。そして、その後のことばに私はハッとした。

生きている実感をくれる何かを一緒に探してくれた家族の愛に感動

私が私の人生がクソみたいだと絶叫した時に家族は、ペットを飼うかが重要なのではなく、本当は私は充実した生きている実感をくれる何かを探しているのではないかと思ったというのだ。
だからその根本的な解決として、一緒に長期的に達成していけるような趣味を持とうと提案してくれた。
それから、カフェ巡りの本を買ってきて、毎週一つずつコンプリートすることや、家のガーデニングを始めてみることなどを提案してくれた。すでに家のガーデニングは始めており、クリスマスツリーとしてコニファーという小柄な木を買ってきて電飾をつけて玄関に飾った。
表面的な悩みだけでなく、私の本質的な悩みを真剣に考えてくれた家族の愛に感動した。
そして、こんな小さな趣味を少しずつやりながら、2022年はただ「生き」ていきたいと思っている。