私のなりわいのひとつが、キャンプだ。
キャンプ場で働くこともあれば、子ども向け、大人向けなど、いろんなキャンプをしてきた。無人島でしたキャンプでは、星空の下で焚き火で牡蠣を焼いて食べたのが1番最高だったっけ。
プライベートでキャンプに行くことも時折あるし、川に飛び込んだり海でぷかぷかと浮いたり島に遊びに行くこともある。
そんな風に自然によく触れることもあり、自分がしたことは返ってくるんだなとしみじみ痛感する。

キャンプの去り際に出る人柄。ひどく荒らす人も、綺麗に片付ける人も

特にキャンプはわかりやすい。片付けをしなかった分、滞在したところがゴミなどで汚れるからだ。キャンプ場で仕事をすると十中八九、清掃の仕事があるが、お客さんの層によってひどく荒らされることもあれば、片付けがほぼ必要ない時もある。本当に、去り際に人となりが出るのだ。

最近働いた、おもてなしが最高のキャンプ場でも、ひたすらにゴミを拾い続けて2時間……なんて、あるあるだった。正直こんなにキャンプ後の片付けって大変なのか!!!?とびっくりしたことは多い。

もっと簡単で、もっと気楽なものだと思っていた私がいたことに気づいた時、とても恥ずかしかった。誰かが片付けてくれていたのかなあ……そもそも地球だって汚されているのに文句の一つも言わないってめっちゃ優しすぎん?!なんて……ひとり心の中で大反省会をしたこともある。

だからこそ、私の中で「できる限りのちょっとした心配り」が心掛けの中にある。できる範囲で、ちょっとした心配りを持って立ち去る方が、なんか、いいなと思うから。
前の私より、ちょっとかっこいいなと思うから。

地域で買い物をし、洗い物ではなるべく水を汚さない

例えば野菜を手に入れたいときは、スーパーでビニール袋入りのものをお金を出して買うより、地域のおじいちゃんおばあちゃんや仲間のところから直接買う。
ゴミも出ないし、大事な人たちにお金をお支払いできるのはなんだか嬉しい。しかも安いので、いつも助かっている。
結果、買い過ぎてしまうこともたまにあるのは、ちょっと反省だけど……。

例えば皿を洗うときは、事前に油汚れなどを紙でぬぐってから洗う。ぬぐった紙はよく燃えるので、焚き火にも使えていい。水に汚れを必要以上に流さずに済むし、スポンジも綺麗に保てる。
さらに心配りできる時は、米のとぎ汁で皿を洗うようにしている。手も荒れにくく、洗剤も買わずに水も必要な分だけで済み、なかなか気に入っている。ぬぐう紙は使用済みのものか、いらない布の端切れなので、こちらも無駄がない。

例えば訪れた所が埃をかぶっていたら、ちょっとだけ拭いて去る。トイレのボタンなどはよく埃をかぶっているので、さっと拭いてからトイレを利用する。次の利用者の人も、埃を見ながらトイレを利用するよりは気持ちがいいかなと思って、公衆トイレではいつも清掃している。
例えばゴミが落ちていたら、さっと拾うようにしている。でも大阪など市内になると拾っても拾いきれないので、なかなか拾えないのが悩みの種でもある。

見えないところで、だれかが喜ぶ。そして地球にも優しい

こんなふうに意識し出したのは、やっぱり気持ちよくキャンプをして、帰る時にも気持ちよく帰りたいと思えるようになったから……が大きい。どうしても適当な片付けをしたり、誰かなんとかするだろうと見逃したりした時は居心地の悪いもので。
どんなにめんどくさくても、どんなに大変でも、自分の手で綺麗にして帰る時はちょっとした達成感と、過去の自分のなあなあさを少しは晴らせたんじゃないかという気持ちになる。地球にちょっとでも、お返しできたかなあって。

心配りを意識するだけで、いくらでもサッとできることがあるのだなと世界が見えるようになった。しすぎると疲れてしまうので、自分のできるかつ、したい範囲で、がポイント。
仕事柄、ついつい意識しすぎてしまうことがあるので気をつけたいけど、おすすめだ。

見えない所で誰かが喜んでくれて、地球にもちょっと優しい。そんな自分でいたいなと、しみじみ思う。そんな私の中だけの、ちょっとした心配り作戦。