片想いしている彼が志望校合格。私は素直に喜べなかった

「俺、第一志望合格したよ」
高校3年間、ずっと片思いをしていた彼にそう告げられたのは、雪がちらつく3月のこと。通っていた高校の卒業式の後、二人で駅のホームで電車を待っている時だった。

「合格」、本来は喜ばしいはずのその響きが、私の頭をがあんと殴りつけてくる。
彼は既に、滑り止めとして、私と同じ大学・同じキャンパスへの通学の権利を手にしていた。つまり、彼の第一志望への合格は、私たちが春から別々の道へ進むことを指していた。

予想はしていた。でも、一番聞きたくなかった言葉だった。
彼の目を見ることができないまま、「……よかったね」小さい声でそう返すのがやっとだった。

別に、彼と私は恋人同士だったわけじゃない。
だけど、週に何回かは二人で学校から帰ったり、お互いが好きなアーティストのライブを一緒に見に行ったり、用事もないのに夜更けまで長電話をしたり。「ただの友達」なんて一言では片付けられない何かが、私と彼の間にはある。少なくとも私はそう思っていた。

彼の第一志望は、名前を言えば誰もが感心するような名門大学だった。彼の通っている塾のチラシにだって、でかでかと実績として掲載されるだろう。
本来なら、彼の第一志望合格はとても喜ばしいこと。自分の勝手な恋心のせいで、それを素直に喜べない自分が嫌だった。

普段はお喋りな私が急に押し黙ってしまったことに対して、明らかに動揺している彼。私の反応はある程度予想していたはずなのに。そういう頼りないところですら、「あぁ、好きだなぁ」と思ってしまうことが悔しい。

渡されたのは制服の第二ボタンと、頭を殴られるような言葉

「そうそう、これ」
先に沈黙を破ったのは彼だった。
彼がそう言って少しためらいがちに差し出したのは、鈍い金色の小さな丸。そう、彼の胸元から取り外された制服の第二ボタンだった。
3年前の入学式では金ピカだったはずのそのボタンも、今ではすっかり輝きを無くしてしまっている。
でも、私には何よりキラキラして見えた。
「……ありがとう」

第二ボタンは、大切な人に渡すもの。
さっき、卒業式のあと、隣のクラスの男の子が後輩の女の子に第二ボタンを渡しているのを偶然見かけた。後輩の女の子は今にも飛び上がりそうな勢いで喜んでいた。
漫画でも、ドラマでもそうだ。第二ボタンは、大切な人に渡すもの。もしくは、大切な人から貰うもの。では、彼が私にここで第二ボタンを渡す意味とは。
先ほど受けたショックと少しの期待が、同時に私の中をぐるぐると回る。

「あのね」
だが、そのあとの彼の一言で、私はもう一度、があんと頭を殴られることになる。
「大学行ったら、俺よりいい人なんてすぐに見つかるよ」
彼は困ったような顔でそう言った。眉尻がこれでもかというほどに下がっている。この顔だって、私は大好きだった。

いやいや、でも。「俺よりいい人なんてすぐに見つかる」って、なんだよそれ。私の気持ちをすべて見透かしたかのような彼の言葉に、猛烈に腹が立った。
私は告白すらもさせてもらえないのか。
そんなのって。そんなのってあんまりだ。
ふざけんな。ふざけんな。ふざけんな。
私は「いつか出会える素敵な誰か」じゃなくて、今、目の前にいるあなたがよかったのに。

どうせ言っても言わなくても後悔するなら、言ったほうが絶対にいい。私は深呼吸をひとつして、そっと口を開いた。
「わたし、あなたのことが好きだった。3年間ずっと、ずっとずっと好きだった」
彼の眉毛はもう限界くらいまで下がりきっていた。
あぁ、困らせてる。超困らせてる。私のせい。わかってる。ごめんね。でも、でもね、最後だから聞いてほしい。
「3年間、楽しかった。ほんとに楽しかった」
ちゃんと言わなきゃ。一番言いたいこと。
「ありがとう」
そこまで言い切って、私は、ふうと息をついた。
彼の眉尻は下がったままだったけれど、顔は笑っていた。

「ありがとう。俺も3年間ずっと楽しかったよ」
あぁ、この声も好き。話し方も好き。全部、全部好き。でも、これ以上はやめておこう。一番言わないといけないことを、まだ言ってないから。
「第一志望、合格おめでとう」
彼に向かってそう伝えた私は、たぶん今までの3年間で一番良い顔をしていたはずだ。
その日を最後に、彼とは離れ離れになった。

彼との思い出は捨てられない。たぶんこの先も残っていく

大学に進学してしばらくは、彼の最寄駅を通るたびに、彼に似た姿の人を探してしまう自分がいた。時間が過ぎ、そのうち私も違う人を好きになったりして、彼のことはだんだん頭の端っこに追いやられていった。
だけど、大人になった今でもたまに、その駅名のアナウンスだけ、やけにはっきりと耳がキャッチしてしまう時がある。不思議なものだなあと思う。

あの日、彼に貰った第二ボタンは、卒業アルバムと一緒に、お守りのように大切にしまってある。
だんだんと彼のことを思い出すことも少なくなってきたけれど、この鈍い金色の丸だけは、私の手元に残り続けている。そしてこの先も、大掃除や引っ越しの時の断捨離の危機を何度も乗り越えていくはずだ。

あの日、気持ちがぐちゃぐちゃの状態でも、ちゃんと彼に「合格おめでとう」と伝えられた自分を、大人になった今でも誇りに思う。あの時の私の姿が、彼の捨てられない記憶として、どこかに残っていたらいいな。そう思っている。