母の財布からお金を盗んだ私を苦しめた罪悪感。母の愛は子どもたちへ

今でも忘れられない、忘れてはいけない出来事があります。それは、小学校3年生の時に母の財布からお金を盗んでしまった事です。
学校帰りに、母の目を盗んでお金をとっていました。そのお金を使ってお菓子を買っていたのです。しかし、その行動の背景には、今でも思い出すと辛くなるほどに悲しい理由がありました。
当時私には、友だちと呼べる人がいませんでした。
正義感が強く、自分の気持ちに常に素直でいることが正しい事だと考えていました。しかし、それをよく思われることはなく、周りの同級生たちは少しずつ私から離れていきました。
伝え方も言葉の選び方もわかっていなかったのかも知れません。その時に抱いた感情を相手に誠心誠意話すことで、分かり合えると思っていたからです。
そして私は独りぼっちになっていきました。
どこかで母はその事実を知り、心配していたと、今になって思うようになりました。だから、少しでも離れていった同級生たちに好かれようと必死になって考えて試行錯誤をしていました。
話そうとすれば、無視をされる毎日。正しさが悪となり、私は本当の悪に手を染めることになってしまったのです。
母のお金を盗み、お菓子を買って同級生たちになんとか振り向いてもらおうと必死になりました。自分で食べることのないお菓子を買い、孤独から抜け出すために仕方ないと考えるようにして……。
その効果は、微力ながらに同級生の心を掴み、お菓子を持っている時だけ優しく声をかけてくれたり、遊びに入れてくれたりするようになりました。幼いながらに輪の中に入れてもらえた喜びを感じていたのだと思います。
しかし、正しさとは真逆の行動に心は徐々に罪悪感に蝕まれていきました。母の顔を見るたびにバレてしまうのではないかという恐怖と罪の重さに押しつぶされそうになり、毎晩、夢にまで出てくるようになったのです。
ある日、母が料理を作っている時に私に話しかけてきました。内容は覚えていませんが、学校のことや友だちのことを優しく聞こうとしていたと思います。
その言葉に罪の重さは、より深くなっていき、耐えきれなくなった私はその場で号泣したのを覚えています。
母は驚いて「どうしたの?何かあったの?」と心配そうに聞きました。
私は「ごめんなさい、お母さんのお金を盗んでしまったの」と正直に話しました。
母は驚いたと同時に少し黙って私の姿を見つめていました。
すると一言、「盗むことは、いけないことだよ。もうしないでね。約束だよ」とだけ言いました。
私は叱られると思い覚悟を決めていましたが、母の深くて優しい言葉に、より一層罪悪感で押しつぶされそうになりました。
その日以来、お菓子を買うことも、同級生たちに媚びを売って振り向いてもらうこともやめました。
あの時の、母の驚きと悲しみに満ちた顔は今でも忘れられません。
あれから数十年が経ち、私は保育士になりました。私は、昔の出来事をすっかり忘れ、子どもたちと楽しい日々を送っていました。
そんなある日、ある園児がクラスの友だちのキーホルダーを盗ってしまいました。その現場をたまたま見ていた私は、彼女に「どうして盗ってしまったの?」と聞くと、「可愛くて欲しかったの。持っていたらみんなが可愛いって言ってくれると思ったから……」と話してくれました。
その姿を見て、過去の自分と重なり、なんとも悲しく切ない気持ちになりました。当時の私が母にしてもらったように、優しい言葉で、なぜいけないかを伝えることにしました。
彼女は、盗ってしまったことを反省し、謝ることを自分で決めて、「盗ってごめんね」と伝えることができたのです。あの時の私のように。
小学生の頃の出来事を、今でも鮮明に思い出す事があります。あの頃から孤独に怯え、必要とされないことが怖くてたまりませんでした。罪悪感で眠ることもできず、不安な気持ちを独りで抱え込む事しかできませんでした。しかし、母の深くて優しい言葉と態度が私を救ってくれたのだと思います。
そしてこの先も忘れることはありません。私がこれからできることは、同じような場面に直面した時に優しく伝えられるようにすること。そして、過去の過ちと向き合い、今度は母親の喜ぶことをできるだけ沢山していきたいと思います。
あの経験を経て、思うのです。
物では人の気持ちを動かすことはできない。一瞬の感情は動かす事ができても、本当の部分を見てもらうことはできないのです。
孤独に蝕まれた心は、善悪の判断さえも鈍らせてしまいました。人の心を動かすには、正直に生きていくことが一番大切なのだと思うのです。
自分の信念を曲げてまで誰かに好かれようとするのではなく、本当の姿でいることに価値があるのだと思うのです。
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